2011年7月7日木曜日

「知足」

「足ることを知る」
この短い言葉の中に
重要な真理が
含まれています。

それは、
「今の、あなたは
そのままで完璧である」
と言う真理です。

そんなことはない!
と否定しますか?

しかし、
あなたにとって
最も深い意味において
もし、
今より完璧な
状態があるならば
今、あなたは
そのままでは
ないからです。

私たちは
意識を
進化させるために
この物質世界に
降りてきます、
それは、
私たちの
魂において
まだ、
学ぶべき点が
たくさんあるからです。

今ある状態こそが
自分に用意した
最高の舞台なのです。
完璧なのです。

「足ることを知る」

今の瞬間、
今のあなたそのままで、
既にどれだけのものを、
与えられているでしょうか?
不足でしょうか?

「足ることを知る」
ということは、
今の瞬間に
如何に
多くのものを
与えられているかを知り、
まず、
その事実に対して
感謝することでは
ないでしょうか。

老子さんの
教えの中にも
『足ることを知る者は富めり。
強(つと)めて行う者は志有り』
があります。
「(もっているだけのもので)
満足することを知るのが
富んでいることであり、
自分をはげまして
行動するものが
その志すところを
得るのである」
(『老子』小川環樹訳注/中公文庫)
とあります。

また、お釈迦さまが
今まさに
滅度されようとする
最後の時の
説法を伝える経典である、
仏遺教経
(ぶつゆいぎょうきょう)の中にも
この「足ることを知る」の
教えがあります。

「若し諸の苦悩を脱せんと欲せば、
まさに知足を観ずべし。
知足の法は即ち
富楽安穏の処なり。
知足の人は地上に臥すといえども、
安楽なりとなす。

不知足の者は富むといえども、しかも貧し。
不知足の者は常に五欲のために
牽かれて、知足の者のために憐憫せらる。
是を知足と名づく」
とあります。

私たちひとりひとりは
今、この瞬間そのままで
完璧なのです。

そして、
今回のこの世の目的は
「人は、完全である!」
ということを
思い出す旅です、

完全である。
完璧であるということは、
足りないものは
ないということです。

もともと
私たちには
不足しているものは
何もありません。

これからも
どの瞬間においても
完璧で
あり続けていきます。

ただ、それを
見ようと
しないだけなのです。

この世において
肉体をのみ
自分と思い
いつも
不足の気持ちで
物質的なものばかり
「欲しい!欲しい!」と
追い掛け回したところで
心が
満たされることは
永遠に
来ないのです。

今、足ることを知るのか
不足していると思うのかは
それは、
自らの選択に過ぎません。

足りているものに
意識の焦点を
合わせた人が、
満たされている人であり、
不足しているものに
焦点を合わせている人が、
満たされない人なのです。

「今日は残りの人生の最初の日」

今までがどうあっても
悔やむことは
ありません。
無駄なことです。
今日、
生まれたのですから。

来てもいないこれからに
不安や
焦燥感を持つなんて
それこそ、幻想です。
未来は、
今の瞬間を
どう考え、
どう生きるかの
集積なのですから。

「幸せになりたい!」
といくら思っても
達成することは
ありません。
それは、
前提として
「今が幸せでない!」
と思っている
不足の心です。

今、「知足」
「足ることを知り」
「今の、あなたは
そのままで完璧である」

この真理を
知った瞬間から、
絶対的な安心感と
馥郁とした安らぎに
こころが
満たされていきます。

さあ、
有り余るほどのものを
持っている
豊かなあなたを
点検してみましょう!
ひとつひとつ
ノートに
書き留めてみては
如何でしょう。
びっくりする筈です。

ありがとうございます。


(By Photo, Akiyo.I)

2011年7月6日水曜日

本質的な見方・考え方

私たちの目の前に
顕れている現象は、
私たち自身が
創りだしています。

そして、
その創りだした現象は、
幻想でしかありません。

人との関係で
見てみましょう。

私が、
友人Aさんと
接している時は、


そのAさんは、
私のエネルギーに
影響されています。

私は、
Aさんは明るく
ウィットのとんだ
頭の冴えた人だと
思っています。

しかし、
別の友人は
Aさんの事を、
いい加減な
調子のいいだけの
人間だといいます。

どちらが、
Aさんなのでしょう。

答えは、
Aさんは
関係を持った人たちの
数だけ存在し、
絶対的なAさんは
存在しないのです。

この事は、
私たちの
ものの見方や
考え方を意識する上で、
キーポイントになります。

私たちが、
認識している現実は、
私たちだけの現実です。

私たちが、
どのような前提で
ものを見、
捉えるかによって、
すべての世界は
変わって行くのです。

私たちは、
この世に生まれ来て、
自分の両親を始め
様々な人たちの影響、
様々な出来事からの
影響を受けてきました。
また、
影響を与えてきました。

あなたは、
どんな事で、
人間関係を
歪めているでしょう。

もし、
あなたが
目の前にいる
夫や妻に対して、
気に入らないと
思っているとすれば、
それは、
あなたが
見た現実であって、
真実ではありません。

あなたの
エネルギーが
創り出した、
あなただけの
夫のイメージであり。
妻のイメージなのです。

夫や妻の欠点ばかりが
クローズアップされてきて
「何とかしなければ
このままでは
もう、我慢できない!」
となってきます。

相手が変わればいい。
相手を何とかしようと
考えるのではなく、
自分の見方・考え方に
意識を向けるように
することです。

相手の欠点を
一生懸命になって
見つけている
自分の意識に
目を向けてください。

それは、
自分の意識が
勝手に認識した
幻想でしかありません。

相手の欠点と
見えるそのものが
あなたが、創り出した
幻想なのですから
実体もありません。
変えることなど
できないのです。

自らの
見方・考え方をこそ
変えなければなりません。

あなたの目の前に
顕れるところの
すべては
あなたの
永遠の進化のために
顕れているに
過ぎません。

どんな顕れ方をしようとも
本質においては
愛そのものであり
光そのものです。

この世界は
あなたが
信じたものを
見る世界です。

あなたの意識が
この世界を
創っているのです。

自分の認識次第で
世界は変えられるのです。

それは、
とても凄いことだと
思いませんか。

私たちは
本質においては
無限であり
永遠であります。

その観点からすれば、
私たちの目の前に
広がっているのは、
私たちを
慈しみ育てる
大きな愛
そのものなのです。

神聖なる
魂の進化のための
その創造主の愛を
その叡智を、
その意志を、
こころから受け取り

この今という
瞬間の中で
わたしたちの現実を
素敵な現実に
変えていこうでは
ありませんか。

ありがとうございます。

(By photo Akiyo.I)

2011年7月5日火曜日

次世代エネルギーと送電線の国有化

THINKERのNAOKIさんから
下記の件のブログ等での拡散の依頼があります。
エネルギーを考える上で、重要な情報です。
是非、共有していただきたいと思います。
アーカメロディ

原発のない社会でどうやって電力をまかなうのか。
最近、太陽光や風力発電などの自然エネルギーが注目を集めています。
しかし、原発や火力以外にも代替エネルギーはたくさんあります。

中でもガス・コンバインドサイクル発電は、燃料は天然ガスで排ガスがクリーンな上、エネルギー変換効率は世界最高レベル。しかも、建設費も安く、燃料の埋蔵量も300年以上と見積もられ枯渇の心配がない。そして、何よりもすでに全国の発電所で数多く稼働しているものです。反原発の旗手である広瀬隆さんも太陽光や風力よりもこちらが脱原発の切り札であると言っています。
●広瀬隆講演「ガス・コンバインドサイクル」
http://www.youtube.com/watch?v=LrYXGx5trgs

将来、この発電法に燃料を水から作られる「オオマサ・ガス」と「抵抗ゼロの発電機」を組み合わせたらどうでしょう。現状では国が及び腰ですが、実現することを考えるとワクワクします。
●夢の新エネルギー水から作られる「オオマサ・ガス」
http://www.youtube.com/watch?v=03BmtfGy6mo&feature=player_embedded
●磁力抵抗ゼロの発電機 草津の男性が発明
http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20110531000016

そして、これらの発電法を実用化する事業者が現れたとき、新規参入しやすくするためには、これまで独占されてきた送電線が、どの企業にも公平な条件で使えるようになっていることが欠かせません。
仙石官房副長官は東電の送電部門を売却し、原発部門だけを国有化する構想を持っているようですが、送電網は民間に委ねられるよりも国が管理して公平な条件で提供される方がよいのではないでしょうか。

そこで国民の意思表示として、送電線の国有化に賛同される方は、署名にご協力お願いします。署名の主催は、JAPAN DREAM事務局です。(締切は7月6日)
●送電線国有化求める署名
http://maketheheaven.com/japandream/

他にも日本には、全国の電力需要がまかなえる可能性を秘めた地熱エネルギーがあります。詳しくは、福岡テレビキャスターの白木正四郎さんのブログをご覧ください。白木さんは、過去に技術者として滝上地熱発電所の熱源を掘り当てた人でもあります。
●白木正四郎のブログ
http://masashirou.exblog.jp/
(※ブログ内に前述のオオマサ・ガスの動画があります。すごいニュースです!ぜひとも閲覧の上、ブログなどで拡散お願いします)

THINKER・NAOKI

2011年7月4日月曜日

「茅の輪くぐり」

今日は、
7月4日
月日の経つのは
本当に早いものです。

この間、
新年を迎えたと
思ったのに、
あっと!いう間に、
半年が経過して
しまいました。

やはり、
ピーター・ラッセルさんや
テレス・マッケンナーさんが
言うまでもなく
時間の加速化は
実感として
捉えられます。

“「時間」という概念”
(6月20日号ブログ参照)

7月4日といえば
アメリカ合衆国の
独立記念日ですね。
英国から独立したのが
1776年の事ですから。
もう235年も経つのですね。

私は、昨日
近くの氷川神社に
行ってきました。
恒例の1日と
15日に氏神さまに
感謝のご報恩に
立ち寄らせて
いただいています。
ただ、1日と15日が
平日の場合は
日曜日に参ります。


昨日は、
氷川神社では
茅の輪(ちのわ)くぐりという
神事を
行っていました。
(写真参照)
毎年、6月30日に
“大祓い(おおはらい)”
又は“夏越しの祓い
(なごしのはらい)”と呼ばれ、
暑い夏を迎えるにあたり
夏枯れ(気枯れ)を防ぎ、
その年の無病息災を
祈願するため、
「茅で作られた輪」を
くぐるという伝統神事です。

この「茅の輪くぐり」の起源は、
奈良時代初期に編纂された
『備後国風土記』に残されています。
「昔、北の海にいましし武塔(むたふ・ぶとう)の神、南の海の神の女子をよばひに出でまししに、日暮れぬ。その所に蘇民将来二人ありき。兄の蘇民将来は甚貧窮(いとまづ)しく、弟の将来は富饒みて、屋倉一百ありき。ここに、武塔の神、宿処を借りたまふに、惜しみて貸さず、兄の蘇民将来惜し奉りき。すなはち、粟柄をもちて座(みまし)となし、粟飯等をもちて饗(あ)へ奉りき。ここに畢(を)へて出でまる後に、年を経て八柱の子を率て還り来て詔りたまひしく、「我、奉りし報答(むくい)せむ。汝(いまし)が子孫(うみのこ)その家にありや」と問ひ給ひき。蘇民将来答へて申ししく、「己が女子と斯の婦と侍り」と申しき。即ち詔たまひしく、「茅の輪をもちて、腰の上に着けしめよ」とのりたまひき。詔の隨(まにま)に着けしむるに、即夜(そのよ)に蘇民と女子一人を置きて、皆悉にころしほろぼしてき。即ち詔りたまひしく、「吾は速須佐雄(はやすさのを)の神なり。後の世に疾気(えやみ)あらば、汝、蘇民将来の子孫と云ひて、茅の輪を以ちて腰に着けたる人は免れなむ」と詔りたまひき」
(ウィキペディア参照)

『神代の昔、武塔(ぶとう)神(スサノオノミコト)が、南海の方にお出かけしたとき、一夜の宿を蘇民将来(そみんしょうらい)と巨且将来(こたんしょうらい)という兄弟に求められました。弟の巨且将来は裕福であるにもかかわらず、それを拒みましたが、兄は貧しいながらも、粟がらの座を造ったり、粟飯を出すなりして、精一杯のおもてなしをしました。それから年月が経ち、武塔神は再び蘇民将来の家を訪れ、「もし天下に悪疫が流行したら、”ちがや”で輪を作り、これを腰に着けていれば災いを免れるであろう」と教えました。間もなく、天下に悪疫が流行し、人々は次々に病に倒れ、亡くなった人は数知れない程でありましたが、蘇民将来の家のみは何事も無く無事であったといわれています。』

これ以来、
疫病や災難から
免れることができると
言い伝えられ
無病息災を祈る
神事として、
現在も各地で
執り行われています。

始めのうちは
茅の輪も
腰に着ける程度の
小さいものでしたが、
時代を経るにつれて
だんだんと
大きくなり、
今では鳥居などに
取り付けるようなりました。

岩手県南部地方の
あの全裸のポスターで
物議を醸した
有名な「蘇民祭」も
この説話を元にした
お祭りです。

「茅」は
鋭利な葉を持つ
「チガヤ」という植物で、
その鋭利な葉で
身や心についた
汚れを
そぎ落とそうとの
意味合いがあります。


神道では、
人は
本来きれいな心を
持っていると考えます。

生活している間に
知らず知らずに罪を犯し、
穢れに触れて
きれいな心から
遠くなっていくのを

祓いによって
本来の心に
帰ると教えるのです。


紙でできた、
形代〔かたしろ〕で
身をなで、
息を吹きかけるのは
心のけがれを
追い出して
しまうことを意味し
自分のけがれを
人形(ひとがた)に移し、
人形を
わが身の代わりにして
清めてもらうのです。

私は
6月30日から
3日ほど
過ぎていましたので
形代(かたしろ)の
お清めはしないで、

「茅の輪くぐり」だけを
させていただきました。
ただ、くぐるには
決まりがあり、
丁度、
八の字を描くように
回ります。

まず、
輪をくぐって
まず、左回りから、
次に、
右回り→左回りという
順序で、
丁度八の字を
左へ傾けた
無限(∞)のように
回ります。

そして、
初めて
ご神前に進む
ことができるのです。

いつもと違う
雰囲気に
包まれながら
ご神前に進み

今日も
生かされていることに
感謝を申し上げます。

「生かしていただいて
ありがとうございます。」

そう、思わせて頂くと
心がすっきり、
晴れてまいります。

その土地、土地で
私たちを
護ってくださる
神社があります。
こういう神事や
七・五・三や
年の暮れや
年の初めだけではなく

たまには
出かけてみるのも
いいものです。

お願いごとを
するのではなく、
感謝をさせて頂くのです。

皆様にも
是非、お勧めしたい
習慣のひとつです。

2011年7月3日日曜日

「こころのチキンスープ」より


昨日は、
一日如何でしたか?
よい遺伝子情報が
ONに
なったことと思います。
『よい遺伝子をONにしよう!』
(7月2日ブログ参照)

今日は
さらに
よい遺伝子情報が
活性化するように
ふたつのお話を
紹介します。

このお話は
アメリカの
心理治療士である
ジャック・キャンフィールドさん
マーク・V.ハンセンさん
お二人が
自分たちの経験や
実話を取り上げ
やさしさと
思いやりと
愛の持つ力・奇跡に
満ち満ちたお話を
集めた本
「こころのチキンスープ」
(ダイヤモンド社)に
収められている
お医者さんのお話です。

―希望―
『ある朝、食事をしていると、
ガン専門医二人が話しているのが聞こえてきた。
 ひとりが苦々しげに言っている。 
 「ボブ、どうにもわからんのだがね。
僕たちは同じ薬を同じように処方し、
同じスケジュールで同じ基準に従って処方している。
それなのに、ぼくの治療成功率は22パーセントで、
君の方は74パーセントというのは、なぜなんだろうな。」

 すると相手が答えた。
「僕たちは両方とも、
エトポシド(E)、
プラチナム(P)、
オンコヴィン(O)、
ヒドロキシュリア(H)を使っている。
ただ、君はこれをEPOHと呼んでいるだろう。
ぼくはHOPE、希望をあげますよ、と患者に言うんだ。
治療の確率はどうあれ、
希望があることを強調しているのさ。』
医学博士:W.M.ブッシュホルツ

―医学だけでなく、心にも免疫システムを活性化する力があるー
ジョナス・ソータ
 『全米でもトップクラスの医学部を卒業し、
ニューヨークの病院で四年間の研修を終えた私は、医学には詳しかった。
ほとんどの患者は私を愛してくれ、私も患者たちを愛した。

 だが、私は自分がうけた医学教育にこだわっていた。
医学の教科書に載っていないこと、
厳しい二重盲検法を経ていないことはインチキとしか思えなかった。
そうして四十年が過ぎた。

 六十九才の誕生日の三ヶ月前、
カリフォルニアにいる娘が
心身医学の分野を取り上げた
ディーパック・チョプラ医学博士の本、
「クオンタム・ヒーリング」を送ってきた。

 六十九才を迎えるに当たって、元気いっぱいだったが、
徹底した健康チェックを受けることにした。
その結果、末期の前立腺ガンという決定的な診断が下った。
医学部教授の診断も同じだった。
治療法はないが、ホルモン療法で進行を遅らせることはできるだろう、
そうすれば十八ヶ月から二十四ヶ月は持つかもしれないと言われた。

 私はショックを受け、
妻や子供たちの涙ぐましい支えがあっても落ち込んだ。
そんなとき、カリフォルニアにいた二人の娘に励まされた。

 それからヒーリングの本を読み、
テープを聴き、マクロビオティック食事法を始め、
瞑想の時間を予定表に入れ、
「ガン心理学者」のアポイントをとり、
想像の中でガンが破壊されて行くところを思い描くようになった。
こうした療法はどれも標準的な医学治療の範疇には入らなかったが、
家族の強い説得には抵抗できなかった。
私は、素直な心ですべてを実行しようと決意した。

 ガン宣告から五十一ヶ月が経つ。
私は元気だが、前と同じ人間ではない。
医学に対する姿勢は180度変化した。
以前は、トンネルの向こうをのぞくように視野が狭く狭量だったが、
今では虚心にすべての可能性を認めている。
現在、ガン患者のサポートグループを運営し、
食餌療法や瞑想、イメージ療法、心理学的サポートの効果を信じている。
毎週、私のことを耳にしたガン患者数人から、
自分で何ができるか知りたいと電話がかかってくる。

 一年ほど前から、これに祈りが加わった。
祈りの力については聞いていたし、
家族が始終祈ってくれていることは知っていたが、
ラリー・ドセイ博士の講演を聴き、
『ヒーリング・ワーズ』という著書を読むまでは懐疑的だった。
今では、祈りに関するたくさんの記事を読み、
テレビ番組を見るし、自分なりに毎日、神に語りかけている。

 私の一日は三十分の瞑想と祈り、イメージ療法で始まる。
買い物と料理は、暮らしの一部だ。
動物性食品と脂肪はさけ、
穀類や新鮮な野菜など
マクロビオティック食事法にあったものを多く摂取するようにしている。
今でも、年に二度はマクロビオティックのカウンセリングを受けている。

 また、バーニー・シーゲル博士、
ディーパック・チョプラ博士、
ルイーズ・ヘイ博士など、心と体の関係に強い関心を
抱いている人たちのテープを聴くことも、日課の一つである。
本を読んでいると、
正当は医療とは異なる「代替医療」によって
多くの「医学的奇跡」が起こっていることがわかる。

 同僚の多くは、今でも私の場合は「特殊事例」で、
たまたま幸運にもガンが緩解しただけだと考えている。
どうしてだろうか?彼らは肝心なことを知らないからだ。

 だが、私は知っている。
私はあふれるほどの愛に支えられて、
自分で変わろうと決意した。
それによって、命を救われたのだ。』
医学博士:H.J.フェルスト   

如何でしたか。
この「こころのチキンスープ」は
今、17巻まで出ています。
短編集なので、
大変読みやすく、
気持ちが癒されるお話ばかり、
是非、おすすめです。

私が子供の頃
風邪を引いて、
熱がでたりすると
母親が
タオルにねぎを入れて
クルクル巻いたものを
私の首に巻いてくれ、
タマゴ酒(ちょっと古すぎる!)を
作ってくれました。
それを、飲んで眠ると
翌日の朝は、
すっかり良くなって
元気一杯に
学校に行けました。

アメリカの子供たちは
そんな時
お母さんが作ってくれた
温かいチキンスープを
食べて眠ると
身も心も癒されたのだそうです。
それが、
このタイトルに
なったのだそうです。

このふたつのお話からも
わかるように
人間には
とてつもない
潜在的なちからが
備わっています。

それは、
希望の持つちからであり、
愛が押し広げるちからです。

私たちは
その偉大なちからを
学びに
この地球に来ています。

偉大なるちからを
学ぶためには
小さな愛を
ひとつひとつ
積み上げていくことです。

“今日は残りの人生の最初の日”

今日も一日
感動と感謝と
そして、
ささやかでもいい
会う機会や
会う人々に
愛を
投げかけていきましょう!

ありがとうございます。

2011年7月2日土曜日

よい遺伝子をONにしよう!


筑波大学名誉教授の
村上和雄さんは、
遺伝子研究の
第一人者です。

たくさんの本も
書いておられるし、
TVや雑誌の対談など
多く出演並びに、
掲載されて
おられる方なので
ご存知の人も
多いと思います。



村上和雄先生は
1983年に、
高血圧の黒幕とされる
酵素「レニン」の
遺伝子解読に
世界に
先駆けて
成功された方です。

私も、
大好きな先生で
ほとんどのご著書を
読ませていただいています。

その村上和雄先生の
たくさんの
ご著書の中から
人生の暗号(サンマーク出版)を
一部抜粋させて
頂きたいと思います。

『DNA(デオキシリボ核酸)は、らせん状の二本のテープになっていて、そのテープ上に四つの科学の文字で表される情報が書かれている。この情報が遺伝情報で、ヒトの細胞一個に含まれる遺伝子の基本情報量は約三十億の化学の文字から成り立っています。
(中略)成人になると約六十兆個の細胞がある。その一つ一つの細胞の中の核にいま述べた三十億の情報が格納されているのですが、驚くべきことは、体のどの部分の細胞をとってきても、そこには三十億の情報がきちんと納められているのです。』

六十兆個という
細胞の数にも驚きますが
体中のどの細胞も
すべて同じ量の情報、
それも三十億の
基本情報量を
持っていると
いうのですから
確かにすごいことです。

そして、
それぞれの
一個の細胞の中の
遺伝子は、
目覚めていて
機能する部分と
眠っていて
機能しない部分が
あるのだそうです。

それも、
全遺伝情報のうち、
実際に
働いているのは
5~10%に
過ぎないと言います。

このブログで
潜在意識のことを
書きましたが
よく、似ていると
思いませんか?

フロイトさんの
人間の意識を
海に浮かぶ
氷の山に例えて
次のように
説明した箇所です。

『普段、
私たちが
意識している
顕在意識は
海の上に
顔を出している
部分にしかすぎない。

そして
海中に
沈んでいる部分、
つまり
意識の大部分が
潜在意識
(無意識)によって
構成されている。』
“潜在意識で観る”
(6月19日号参照)

尚且つ、
これが
生命の完璧さ
並びに神秘といいますか、

それら遺伝子の
機能のひとつひとつは
電灯の
スイッチのように、
ONにしたり
OFFにしたりが
できるのです。

例えば
人生を
より良く
生きるためには、
よい遺伝子を
ONにして、
悪い遺伝子を
OFFに
コントロールすれば、
いいのです。

それで、
村上先生は
次のことを
実行すると、
よい遺伝子を
目覚めさせる
可能性を高める!
と、仰っています。

① 思い切って、いまの環境を変えてみる
② 人との出会い、機会との遭遇を大切にする
③ どんな時も明るく前向きに考える
④ 感動する
⑤ 感謝する
⑥ 世のため人のためを考えて生きる

村上先生は
さらに
書籍の中で
こう言っています。

『ここでもう一つ重要なことを述べておくと、遺伝子の構造と原理は、すべての生物に共通していることです。現在、地球上には二百万種以上の生物がいるといわれていますが。あらゆる生物が同じ起源をもつということは驚異的なことではないでしょうか。問題はいったいこの遺伝子という生命の設計図がどうしてできたかです。人間自身がこしらえたものでないことははっきりしている。では自然にできあがったのでしょうか。しかし材料がいくらあっても、ほうっておいて自動的に生命ができたとは思いにくい。ここはどうしても、人間を超えた何か大きな存在を意識せざるをえなくなってきます。私はこの人間を超えた大きな存在とはたらきのことを、ここ十数年来「サムシング・グレート」(偉大なる何者か)と呼んできました。(中略)そのような存在を想定しないと、超微小の空間で、見事にはたらく遺伝子の世界の仕組みをなかなか受け入れにくいのです。』

村上先生のように
世界的に
認められている方が
偉大なる何者か
サムシング・グレートの
存在を世に伝える意義は
相当なものであると
思います。

世界的にそうですが、
あらゆる学者と
名のつく方たち
科学者
化学者
物理学者や
○○学者の世界で、
神の存在を
語ることは
タブーになっています。

過去に
たくさんの方が、
神を
或いは
神に関する考えを
発表したために
学会を追放されたり、
出世を、
妨げられているのです。

何かが、
間違っています。
その傾向をこそ
変えなければなりません。

しかし、
最近では
シカゴ大学の
マーゴリン博士や
同じく
シカゴ大学の
「死ぬ瞬間」の著書で有名な
キューブラー・ロス女史
マイアミ大学の
ワイス博士などの
偏見へのチャレンジもあり、

日本でも
村上先生を始め
福島大学の
飯田史彦先生等の
努力もあり

IDという理論も
少しずつですが、
認知されるように
なってきました。

IDとは、
インテリジェント・デザイン
(Intelligent Design)
の略で、
宇宙自然界に
起こっていることは
機械的
非人称的な
自然的要因だけでは
すべての
説明はできない。

そこには
「デザイン」
すなわち構想、
意図、
意志、
目的といったものが
働いている。

知性ある
何かによって
生命や宇宙の
精妙なシステムが
設計されていることを
科学として
認めようという理論です。

それを認めないと
科学や物理学や
その他の学問も
これ以上の
進展はしないでしょう。
不毛です。

私たちには
こんな偉大な遺伝子が
埋め込まれているのです。

それを
生かすも殺すも
自分次第です。

お釈迦さまや
イエスさまや
村上和雄先生が
いろいろと表現を変え
神と私たち
宇宙と私たちについて
語ってくれています。

しかしながら、
真理を指し示して
頂いたとしても、
それを信じて
思い出すのは
私たちひとりひとりに
かかっています。

今日は
土曜日です。
休日の方も
多いと思います。

環境を変えて、
どこかに
出掛けるのも
いいのでは
ないでしょうか?

そして、
今日一日、
機会との遭遇を大切に
人との出会いを
愛おしく
感じてみましょう。

明るく前向きに考え、
あらゆる
今日の出来事に
感動しましょう。

そして、
出会った人々や
一切のものに
感謝してみましょう。

何か
小さなことでいいのです。
世のために
人のためになることを
考えて実行してみましょう。

“今日は残りの人生の最初の日”

あなたの
よい情報の
遺伝子のスイッチが
ONになりました。
今日も一日
わくわく、いきいきで
頑張りましょう。

ありがとうございます。

2011年7月1日金曜日

“汝、殺すなかれ!”

昨日の内容
『身・口・意を正す』で
「身業の中の
汝、殺すなかれ!とありましたが、
世界的には、戦争の治まったことはなく
殺すなかれ!というのは、解らないでも
ありませんが、今の日本では、やはり、
馴染まないのではないかと思います。」
という、メールをいただきました。

その返事として、
“汝!殺すなかれ”について、
もう少し、
考察を加えて、
書いてみたいと思います。

生命は、
生きとし
生けるものすべてに
宿っており
人間だけに
宿っている
わけではありません。

植物や
動物、鉱物にも
生命は
私たちと同様に
宿っています。

人間だから
勝っていて、
それ以外だから
劣っていると
いうものでは
ありません。

そういった
観点からすれば、
対象になる存在は
無数にあることに
気がつきます。

お釈迦さまの言われた
“汝、殺すなかれ!”は、
いつでも、通用する
深い教えなのです。

私たちが、
肉体を持ち
この肉体を
維持していくためには
植物も
動物も
食する必要があります。

彼らの多くは
人間に
食されることについて
同意はしてくれています。

しかしながら、
その同意に対して
私たちは
感謝を
しているでしょうか?

当たり前と
思っていないでしょうか?

彼らを、
食する上において
彼らの生命と共に
生きていこうとする
決意があるでしょうか?

それは、
彼らが
喜んで、
同意をしてくれ
その生命を捧げ

私たちの
血や肉になって
くれたことに対して

『正しい生き方をする!』
という決意です。

彼らも共に、
真理の道を
体験したいのです。
私たちの
一部となって

私たちが
正しき道に
進むことこそ
彼らは
求めています。

それは、
彼らも
生かされるからです。
誰も、むやみに
殺されたくはないのです。

“汝、殺すなかれ!”

殺すということについて
もう少し、
別の観点から
書いてみましょう。

私たちの後から
生まれてくる生命、
また、
私たちが
肉体を離れた後に
生まれてくる生命、
未来の多くの生命に
対しての責任を
私たちは、
担っています。

今、私たちが
生きている
環境や社会に
ついての責任が
あります。

未来の生命に
どのような影響を
及ぼすのでしょう?

そういう観点から
考えたことはありますか?

殺すのは
何も
現在あるもの
ばかりとは限らず、
未来のものを
殺すことも
多いにあります。

あらゆるところに、
生命が待っており、
いたるところに、
未来が、
花を
咲かせようとしています。

しかし、
私たちは、
いつも、
それを
見て見ぬフリをして、
その多くの生命を
踏みにじっているのです。

私たちは、
いたるところで
つねに、
“汝、殺すなかれ!”
という過ちを
犯しているのです。

如何でしょうか?
“汝、殺すなかれ”は、
いつも、
私たちのテーマとして
避けては通れない、
重要なものです。

馴染まないと言う様な
単純なものでは
ありません。

『生命を頂く』
『生命を繋ぐ』
を意識し。

今日一日を
無駄に
生きることのないように
努めたいと思います。

ありがとうございます。