昨日は山梨の甲府に
仕事ででかけました。
中央自動車道で
一宮御坂インターを降りて
20号線で甲府に
向かいました。
仕事が思いのほか
早く終わりましたので
最近、お母さんが
亡くなって実家の
静岡県富士市に戻った
友人に連絡しました。
在宅でしたので、
一度、寄らせて頂く
ことになりました。
甲府をスタートして
精進湖バイバスから
139号線で
山道を越えて行きます。
私はこの道は
はじめて通ります。
暫く車を走らせていると
目の前に白銀の富士山が
最高の表情を見せて
くれています。
標識を見ますと
精進湖と書いてあります。
精進湖は
富士五湖のひとつで
私は河口湖や山中湖は
行ったことがありますが、
本栖湖や西湖と共に
行ったことがありません。
車窓から見ただけですが
精進湖は小さいけれど
神々しい神秘的な湖です。
澄み切った湖水と
富士山のパノラマは
思わず車を停めて
見入ってしまいました。
小船を静かな湖面に
浮かべ糸を垂れて
釣りをしている方が
おられました。
わかさぎでも
釣っているのでしょうか。
後ろから車に
クラクションを
鳴らされましので
少しの間でしたが
余韻を残しつつ
再出発です。
そして
本栖湖はちらっと
垣間見るだけで通過し
そのまま走らせました。
車窓からは湖の全貌は
見ることができません。
暫くそのまま
車を走らせていると
標識に上九一色村と
書いてあります。
上九一色村はあの
地下鉄サリン事件や
数々の事件を起こした
オーム真理教の
サティアンがあった場所です。
今も思い出しますが
確か平成7年でしたか
1月17日に
阪神淡路大震災があり
その年の3月20日に
地下鉄サリン事件が
ありました。
私はその日は
国際展示場に
或るイベントがあり
リラクセーション関連の
システム等を
出展していました。
その時事件に巻き込まれ
私はサリンを蒔いた
電車には乗車して
いませんでしたので
事なきを得たのですが
大幅に展示場に着くのが
遅れました。
そのサリンを
製造していたのが
この上九一色村の
第7サティアンで
今まで名前すら
知らなかった
一つの村が
一躍、全国いや世界に
有名になりました。
連日、この上九一色村に
マスコミや報道陣の
過熱した取材合戦が
繰り広げられていました。
また、列をなして
捜査員の方たちが
ガスマスクをつけて
インコを手に持ち
ものものしい戦闘服で
サティアンを捜索する
様子が、
テレビに放映されました。
17年も前ですが
今でも鮮明に覚えています。
今、オセロの
中島知子さんの
家賃滞納問題から
中島さんと同居している
女性の占い師さんのことが
連日、テレビや
インターネットで
話題になっていまして
マインドコントロールや
洗脳ということが
言われています。
マインドコントロールや
洗脳という言葉を
一躍、有名にしたのも
このオウムの事件でした。
その頃、
今、通過している
この上九一色村の道を
オウムの信者たちが
頭に電極をつけた
帽子のようなものを
被ってこの辺を
歩いていたのだと
思いますと
この静かな山間の村の
人たちからすれば
まったくもって
異様極まりない
気持ち悪かっただろうなと
思わずにはいられません。
私も当時
リラクセーションや
スポーツ選手たちの
イマジネーション等の
システムを提供していた
仕事をしていたので
よく思うのですが
洗脳は別物ですが
マインドコントロール
というのは
あくまでも
自分自身をコントロール
するための知恵であり
他人をコントロールする
ものではありません。
オウムや今回の
中島知子さんの例を
とってみても
報道されていることが
真実であるならば
教祖や他人に
自分の心を
委ねてしまっています。
依存心では
だめなのです。
また、
教祖や占い師の方が
自分自身をさえ
コントロールできて
いません。
自分自身を
コントロールできない人が
ヴァジラヤーナという
金剛乗の教えを曲解し
ポアという殺人思想を
妄想・暴走するのです。
また、神の名を語り
神が焼肉を食べたいとか
神が誰々と
離れなさいとか
悪口を言ったりとか
煩悩を煽り
分離を促して
いくのです。
少し冷静に考えれば
解ることです。
前述しましたが
マインドコントロールは
自らが自らを高めて
いくためのものであって
上記のような例は
マインドコントロールを
悪用した例と
言えるでしょう。
人の上に立つ
立場であればある程、
まずは自分自身を
コントロール
できなければなりません。
話が横にそれました。
しかし、上九一色村は
これまた大変
広い村です。
かなり車で走らせても
上九一色村の標識が
出てくるのです。
上九一色村を
あとにして
道の駅朝霧高原の
看板がありましたので
そこで一休みを
しました。
雄大な富士山を背景に
牛舎のような
牧歌的な施設です。
そこで農産物や
町の特産品を
販売していました。
朝霧高原牛乳を
飲んで、
エネルギーを補給して
富士宮市を抜けて
富士市の友人宅へ
一路向かいました。
友人と会い
富士市の富士山眺望
スポットを案内して
頂きました。
実に美しい!
大変堪能させて
いただきました。
その後、時間が
ありましたので
海を見に行こうと
なりまして
田子の浦に一緒に
まいりました。
田子の浦漁港があり
松林の横を道路が
通っていて
堤防の上まで
車で行くことができます。
その堤防から見る
駿河湾一面に広がる
景色も是非お勧めです。
「田子の浦ゆうち出でてみれば真白にぞ
富士の高嶺に雪は降りける」
万葉集の有名な和歌です。
今年は寒い日が
続いているせいか
富士山の真っ白い雪景色が
裾野にまで広がって
いました。
友人も言っていましたが
地元でもあまり
見たことはないのだそうです。
帰り道に
友人が
この周辺は
吉原と言って
江戸時代に栄えた
東海道五十三次の宿場町、
吉原宿の跡であると
教えてもらいました。
『今日は残りの人生の最初の日』
まだまだ
初めてのことは
たくさんあります。
今日の一瞬が
人生で最初の経験を
しています。
今日を大いに
楽しんでまいりましょう。
生かしていただいて
ありがとうございます。
2012年2月29日水曜日
2012年2月26日日曜日
“多数凡人”の意味するもの
24日のブログに
森安 英憲さんから
頂いたメール
萬谷 衣里(まんたに えり)さんの
ピアノコンサートのご案内と
添付してくださった
森安さんが職安の講演会で
発表されるジョブガイダンス
『この社会で生きやすく・
この社会を生きやすく』を
掲載させていただきました。
そうしましたら
反響が大きく
私の場合
あまりブログ上の
コメント欄には
書かれる方は
少ないのですが、
メールや携帯を
知っている方たちが
多いものですから
直接コメントを
頂くことが多いのです。
その中で
或るコンサルタント会社の
経営者の方から
こんなメールを
頂きました、
「森安さんの仰ることは
目からウロコでした、
私も少数精鋭という
言葉に錯覚をしていた様です。
今の社会、仕事をしたくても
仕事がない状況ですが
一部の人たちに富が
集中していたり
仕事が集中していて
却って、効率を
悪くしている
みんなが少し分け合うだけで
すばらしい世の中に
なるんだと確信しました。
今後は多数凡人を
心がけていきます!」
さらに
いつも私のブログでも
紹介させて頂いています
中国で設計事務所を
経営している友人からは
私のブログの再開の歓迎と
このようなメールを
いただきました。
「アーカメロディ兄へ
またはじまりましたか、
皆様の心を
いやし癒されるブログです。
末永く励んでください。
ありがとうございました。
日本の社会は、おとなしい
律儀な人たちの国です、
私がいる中国圏とは違います。
でももう我慢している
必要などないのです、
言葉に出して、行動に出して、
表現をしましょう、
今を変えましょう、
もう待つ必要などないです、
個がそれぞれに始めましょう。
みんなつながります。
とてもうれしい気持ちです。」
また、知的障害の子を持つ
38歳の主婦の方からは
「森安さんが書いている
“障害者を含めて一つの社会です。”と
思っていただける人が
一人でも増え
また、その人が
友人や社会に伝播していく
そうしたら何と
すばらしいことでしょう!
“障害は社会が作るもの”とも
仰っていましたが
本当にそう思います。
知的障害だからと言って
すべて理解しているのです。
表現することが
出来にくいというだけです。
でも、人への思いやりや
優しい心は
誰にも負けずに
持っています。
人間として
とても大切なことです。
その大切なことが
生かせない社会にこそ
寧ろ、障害があるのでは
ないでしょうか!?
子どもからいつも教わる
毎日です。
私は社会がつけた
知的障害者と言われている
偉大なる愛深き天使と
一緒に生長できることを
神に感謝しています。
森安さんありがとう!」
とのメールが
届きました。
私もまったく同感です!
又、森安さんからも
ブログ掲載のお礼と
萬谷 衣里さんとの
エピソードを記した
メールがありました。
「養護学校でコンサートを」
クラシックコンサートの思い出
というタイトルで
2009年10月2日に
書かれた内容です。
いつもながら
とても素晴らしいお話です。
共有してください。
『こんにちは。
掲載ありがとうございました。
簡単なことですね。
みんなが仲良く力を合わせるだけのことです。
企業は効率を追い求める?
競争によって最適な経済が自然にできる?
ウソ八百 笑。
企業・競争社会は重複のムダ、
排除のムダ、ムダムダムダだらけ。
BCP(事業継続計画のこと)も必要になりますね 笑。
ボランティアなら
人は必要最小限で効率よく動こうとします。
ムダなことはやりません。
「お金」という概念があると、
「最少の人員で」(企業・競争社会)
「お金」という概念がなければ、
「できるだけ多くの人を」(ボランティア)
みんなが力を合わせて、ムダなことをやらず、
お金を媒介にせず。
どちらが効率よく生産的な社会なのでしょう?笑笑
私たちは、できるだけ成長しないように
努力しようとしているようですね 笑。
競争社会には特許なんて概念もあって。
そんなにいいものならオープンにして
みんなで使えばみんなが幸せになりますよね。
独り占めするなんて、
社会を不幸にするためにやってると言われて、
反論できるでしょうか 笑
---
ところでピアニストの萬谷衣里さんとの
エピソードを下記しておきます。
「養護学校でコンサートを」
~クラシックコンサートの思い出~
「知的障害」という言葉もおかしいなと思いますが、
10年ほど前までは「精神薄弱」と言っていたそうです。
精神薄弱という言葉が
「当事者に不快感を与えるという理由もあり」
知的障害に変えられたそうです。
話変わりますが、私はピアノの音が大好きです。
あるときふと、養護学校の子どもたちに
プロのピアニストの演奏を聴かせてあげたいと思いました。
私は後先考えず、
大好きなクラシックピアニスト エリさんに
養護学校の子どもたちへの思いをメールで話しました。
10日連続でメールしました。ほとんど迷惑メールです。
そして「養護学校でピアノを弾いてほしい」と。
ドイツに住むエリさんはさぞかし驚いたことでしょう。
養護学校でプロのピアニストがクラシックコンサート。
この前代未聞の企画にエリさんは
「養護学校の子どもがクラシックを聴くのですか?」
と戸惑いを隠さず、
学校は「アニメソングとかじゃないと難しいだろう」
と不安を示しました。
私は子どもたちの感性を信じていました。
エリさんはドイツから帰国の翌日リハーサル、
その翌日本番、
それも学年ごとに3度の公演という
無茶なお願いを聞いてくれました。
・・・その日、子どもたちがくれた答えは
私の予想さえ超えました。
エリさんは何度も
「また養護学校に呼んでくださいね」と。
そして、その日に子どもたちが書いた感想文は、
1か月も先生方の手をわたってから、私の手元に届きました。
その感想文に私は何度も胸が熱くなりました。
この感想文を書いた子どもたちの精神が薄弱なのでしょうか?
この子どもたちを精神薄弱と呼んでいたのは、
私たちの心の貧しさの表れではないでしょうか。
コンサートのフィナーレを飾った
リストのハンガリーラプソディー第2番の躍動的なメロディーと、
別世界に入りこんだような子どもたちのことは、
いつまでも私の脳裏を離れることはありません。
そして子どもたちの心を
しっかり受け取ってくださったエリさんは、
ドイツから世界へ、子どもたちの心を
ピアノにのせて伝えていってくれることでしょう。
いつも大切なことを教えてくれる子どもたちに、
たまにはお返しを、と思った私でしたが、
子どもたちはやっぱり、
私たちに大切なことを教えてくれたのでした。
この日から、
私は子どもたちにお返ししようなんて気持ちは捨てました。
子どもたちがくれたものは、社会に返していこうと。
2009年10月2日
森安 英憲』
「今日は残りの人生の最初の日」
萬谷 衣里さんの
ピアノコンサートが
さらに楽しみになってきました。
ワクワクします!
もう1度日時と場所を
確認します。
3月7日 水曜日 18時30分開演
台東区立旧東京音楽学校奏楽堂(上野公園 重要文化財)
2,000円
ですので、
皆様も如何でしょう!!
生かしていただいて
ありがとうございます。
森安 英憲さんから
頂いたメール
萬谷 衣里(まんたに えり)さんの
ピアノコンサートのご案内と
添付してくださった
森安さんが職安の講演会で
発表されるジョブガイダンス
『この社会で生きやすく・
この社会を生きやすく』を
掲載させていただきました。
そうしましたら
反響が大きく
私の場合
あまりブログ上の
コメント欄には
書かれる方は
少ないのですが、
メールや携帯を
知っている方たちが
多いものですから
直接コメントを
頂くことが多いのです。
その中で
或るコンサルタント会社の
経営者の方から
こんなメールを
頂きました、
「森安さんの仰ることは
目からウロコでした、
私も少数精鋭という
言葉に錯覚をしていた様です。
今の社会、仕事をしたくても
仕事がない状況ですが
一部の人たちに富が
集中していたり
仕事が集中していて
却って、効率を
悪くしている
みんなが少し分け合うだけで
すばらしい世の中に
なるんだと確信しました。
今後は多数凡人を
心がけていきます!」
さらに
いつも私のブログでも
紹介させて頂いています
中国で設計事務所を
経営している友人からは
私のブログの再開の歓迎と
このようなメールを
いただきました。
「アーカメロディ兄へ
またはじまりましたか、
皆様の心を
いやし癒されるブログです。
末永く励んでください。
ありがとうございました。
日本の社会は、おとなしい
律儀な人たちの国です、
私がいる中国圏とは違います。
でももう我慢している
必要などないのです、
言葉に出して、行動に出して、
表現をしましょう、
今を変えましょう、
もう待つ必要などないです、
個がそれぞれに始めましょう。
みんなつながります。
とてもうれしい気持ちです。」
また、知的障害の子を持つ
38歳の主婦の方からは
「森安さんが書いている
“障害者を含めて一つの社会です。”と
思っていただける人が
一人でも増え
また、その人が
友人や社会に伝播していく
そうしたら何と
すばらしいことでしょう!
“障害は社会が作るもの”とも
仰っていましたが
本当にそう思います。
知的障害だからと言って
すべて理解しているのです。
表現することが
出来にくいというだけです。
でも、人への思いやりや
優しい心は
誰にも負けずに
持っています。
人間として
とても大切なことです。
その大切なことが
生かせない社会にこそ
寧ろ、障害があるのでは
ないでしょうか!?
子どもからいつも教わる
毎日です。
私は社会がつけた
知的障害者と言われている
偉大なる愛深き天使と
一緒に生長できることを
神に感謝しています。
森安さんありがとう!」
とのメールが
届きました。
私もまったく同感です!
又、森安さんからも
ブログ掲載のお礼と
萬谷 衣里さんとの
エピソードを記した
メールがありました。
「養護学校でコンサートを」
クラシックコンサートの思い出
というタイトルで
2009年10月2日に
書かれた内容です。
いつもながら
とても素晴らしいお話です。
共有してください。
『こんにちは。
掲載ありがとうございました。
簡単なことですね。
みんなが仲良く力を合わせるだけのことです。
企業は効率を追い求める?
競争によって最適な経済が自然にできる?
ウソ八百 笑。
企業・競争社会は重複のムダ、
排除のムダ、ムダムダムダだらけ。
BCP(事業継続計画のこと)も必要になりますね 笑。
ボランティアなら
人は必要最小限で効率よく動こうとします。
ムダなことはやりません。
「お金」という概念があると、
「最少の人員で」(企業・競争社会)
「お金」という概念がなければ、
「できるだけ多くの人を」(ボランティア)
みんなが力を合わせて、ムダなことをやらず、
お金を媒介にせず。
どちらが効率よく生産的な社会なのでしょう?笑笑
私たちは、できるだけ成長しないように
努力しようとしているようですね 笑。
競争社会には特許なんて概念もあって。
そんなにいいものならオープンにして
みんなで使えばみんなが幸せになりますよね。
独り占めするなんて、
社会を不幸にするためにやってると言われて、
反論できるでしょうか 笑
---
ところでピアニストの萬谷衣里さんとの
エピソードを下記しておきます。
「養護学校でコンサートを」
~クラシックコンサートの思い出~
「知的障害」という言葉もおかしいなと思いますが、
10年ほど前までは「精神薄弱」と言っていたそうです。
精神薄弱という言葉が
「当事者に不快感を与えるという理由もあり」
知的障害に変えられたそうです。
話変わりますが、私はピアノの音が大好きです。
あるときふと、養護学校の子どもたちに
プロのピアニストの演奏を聴かせてあげたいと思いました。
私は後先考えず、
大好きなクラシックピアニスト エリさんに
養護学校の子どもたちへの思いをメールで話しました。
10日連続でメールしました。ほとんど迷惑メールです。
そして「養護学校でピアノを弾いてほしい」と。
ドイツに住むエリさんはさぞかし驚いたことでしょう。
養護学校でプロのピアニストがクラシックコンサート。
この前代未聞の企画にエリさんは
「養護学校の子どもがクラシックを聴くのですか?」
と戸惑いを隠さず、
学校は「アニメソングとかじゃないと難しいだろう」
と不安を示しました。
私は子どもたちの感性を信じていました。
エリさんはドイツから帰国の翌日リハーサル、
その翌日本番、
それも学年ごとに3度の公演という
無茶なお願いを聞いてくれました。
・・・その日、子どもたちがくれた答えは
私の予想さえ超えました。
エリさんは何度も
「また養護学校に呼んでくださいね」と。
そして、その日に子どもたちが書いた感想文は、
1か月も先生方の手をわたってから、私の手元に届きました。
その感想文に私は何度も胸が熱くなりました。
この感想文を書いた子どもたちの精神が薄弱なのでしょうか?
この子どもたちを精神薄弱と呼んでいたのは、
私たちの心の貧しさの表れではないでしょうか。
コンサートのフィナーレを飾った
リストのハンガリーラプソディー第2番の躍動的なメロディーと、
別世界に入りこんだような子どもたちのことは、
いつまでも私の脳裏を離れることはありません。
そして子どもたちの心を
しっかり受け取ってくださったエリさんは、
ドイツから世界へ、子どもたちの心を
ピアノにのせて伝えていってくれることでしょう。
いつも大切なことを教えてくれる子どもたちに、
たまにはお返しを、と思った私でしたが、
子どもたちはやっぱり、
私たちに大切なことを教えてくれたのでした。
この日から、
私は子どもたちにお返ししようなんて気持ちは捨てました。
子どもたちがくれたものは、社会に返していこうと。
2009年10月2日
森安 英憲』
「今日は残りの人生の最初の日」
萬谷 衣里さんの
ピアノコンサートが
さらに楽しみになってきました。
ワクワクします!
もう1度日時と場所を
確認します。
3月7日 水曜日 18時30分開演
台東区立旧東京音楽学校奏楽堂(上野公園 重要文化財)
2,000円
ですので、
皆様も如何でしょう!!
生かしていただいて
ありがとうございます。
2012年2月25日土曜日
THINKERから ■■日本語字幕付き動画と3月イベントのお知らせ■■
このブログでも
たびたび取り上げています。
THINKERから
興味ある情報が
届いています。
また、緊急の講演会の
ご案内と3月のイベントの
お知らせも併せて
ご覧ください。
私たちが日常当たり前と
思っていることの中に
潜んでいる危険性に
警鐘を鳴らしています。
下記に紹介された
ワクチンや気象兵器だけでなく
他にも興味深い
様々な問題について
ユーチューブにアップ
されていますので
同時にご覧ください。
私はTHINKERの
活動を応援しています。
ユーチューブのTHINKERチャンネルにアップした日本語字幕付き動画の紹介です。
興味のある方は、ぜひ一度ご覧ください。
●メルク社のトップワクチン開発技術者モーリス・ヒルマン博士の音声インタビュー
風疹・はしか・おたふくかぜのワクチンなどを開発したヒルマン博士いわく「ワクチンは20世紀が生んだ質の悪い医療技術(bargain-basement technology)」
ヒルマン博士は、「生ポリオワクチンのウイルスはミドリザルの腎臓細胞で培養するため、SV40と呼ばれる40種類にのぼるヒト・サル共通感染空胞化ウイルスが混入していたと言います。その感染を防ぐために別のサルをアフリカから空輸したら、そのサル達がエイズウイルスを持っていたとも、、、。全世界で実施されてきた生ポリオワクチン中のSV40が、現在も増え続けるガンを引き起こしてきたのでしょうか?2005年に亡くなった彼の生前の貴重な発言。ワクチンそのものに関して、再考を促す内容です。
●アメリカのTV番組が報道した気象改変施設の存在
ネット上では多くの人がすでに知っている気象兵器(気象改変施設)。しかし、それがどのように気候を操作するのか、大気圏の構造からその仕組みを説明できる人は少ないように思います。この番組では、一般人にもわかりやすくその仕組みを説明しています。現在、日本政府とニコンと東京大学と自衛隊が共同で南極に建設中の巨大電波施設。1本3Mのアンテナを1000本有する「パンジーレーダー計画」は、科学者が電離層研究と称して強烈な電波を大気圏に向かって放射するプロジェクトです。一見、夢のある計画ですが、この動画を観た後では「子供が針で風船遊びをしている」危険行為にしかみえません。みなさんはどうお考えでしょうか。
先週から愛知県の渥美半島沖で、メタンハイドレードの試掘調査を探査船の「ちきゅう」が始めました。巨大活断層が発見されているこの地域を刺激する危険きわまりない作業です。温暖化対策のCCS(二酸化炭素地中貯留)と同じで、どのプロジェクトも「温暖化防止のため」「エネルギー対策のため」「科学の進歩のため」と一般人を欺く目的が表向きに語られています。
以下は3月イベントのお知らせです。
---------------------------------------
①静岡県三島市・NPO自然派ママたちの座談会主催
「原発・世界同時不況・温暖化・食糧危機のホント」
【日時】3月4日(日)開場13:30 開始14:00 終了16:00
【場所】成真寺 本堂
静岡県三島市大社町7-56
最寄りバス停 東小入口より徒歩1分
【講演者】THINKER
【参加費】1000円
【問合せ】土屋 080-1590-2751
Eメール: shizenhamama@hotmail.co.jp
---------------------------------------
②5回シリーズ講演会 in 岡崎
第5回「マスコミのウソを見抜く力をつける」
【日時】3月20日(火・祝)開場12:30 講演開始13:00 終了16:30
【参加費】予約1000円 / 当日1200円
【会場】岡崎市・北部地域交流センター「なごみん」3F
岡崎市西蔵前町字季平45番地1
TEL(0564)66-8251
【予約申込・問い合わせ】
逸見 Eメール: anjali_29@k.vodafone.ne.jp
TEL: 090-6555-7591
※講演会終了後、懇親会を予定しています。(18:00-20:00 場所未定のため当日、会場にてお知らせします)
---------------------------------------
最後に急な告知ですが、関東方面の方にお知らせです。
『あなたはお金のしくみにこうして騙されている』の著者であり、同志の天野統康さんが主催するNPO法人ジャパンイニシアチブの第二回講演会・マスメディアが報道しない事実!
『~原発・放射能・TPP ~今そこにある日本の危機を反TPP、反原発の元農林水産副大臣が語る』
―衆議院議員 篠原 孝氏 講演
【日時】平成24年2月28日(火)18:00~19:30
開場17:30 混み合いますのでお早めにご来場ください
【場所】衆議院事務局憲政記念館(定員100名)
東京都 千代田区永田町1-1-1
東京メトロ 永田町駅下車 2番出口から徒歩5分
国会議事堂前駅下車 2番出口から徒歩7分
【参加費】当日払い2,000円 事前振込み1,500円
学生20席まで無料(要学生証/必ずお申込み下さい)
【振込先口座】みずほ銀行 飯田橋支店 普通預金 2551960 ジャパンイニシアチブ
※お振込み名と参加者のお名前が同じになるようにして下さい。
【参加費のお振込締切】当日払い適用の振込は26日まで。
事前振込み額適用の振込は25日まで。学生は26日まで。
お申込みはこちらから
【問合せ】天野 Eメール: m.amano@japan-init.or.jp
たびたび取り上げています。
THINKERから
興味ある情報が
届いています。
また、緊急の講演会の
ご案内と3月のイベントの
お知らせも併せて
ご覧ください。
私たちが日常当たり前と
思っていることの中に
潜んでいる危険性に
警鐘を鳴らしています。
下記に紹介された
ワクチンや気象兵器だけでなく
他にも興味深い
様々な問題について
ユーチューブにアップ
されていますので
同時にご覧ください。
私はTHINKERの
活動を応援しています。
ユーチューブのTHINKERチャンネルにアップした日本語字幕付き動画の紹介です。
興味のある方は、ぜひ一度ご覧ください。
●メルク社のトップワクチン開発技術者モーリス・ヒルマン博士の音声インタビュー
風疹・はしか・おたふくかぜのワクチンなどを開発したヒルマン博士いわく「ワクチンは20世紀が生んだ質の悪い医療技術(bargain-basement technology)」
ヒルマン博士は、「生ポリオワクチンのウイルスはミドリザルの腎臓細胞で培養するため、SV40と呼ばれる40種類にのぼるヒト・サル共通感染空胞化ウイルスが混入していたと言います。その感染を防ぐために別のサルをアフリカから空輸したら、そのサル達がエイズウイルスを持っていたとも、、、。全世界で実施されてきた生ポリオワクチン中のSV40が、現在も増え続けるガンを引き起こしてきたのでしょうか?2005年に亡くなった彼の生前の貴重な発言。ワクチンそのものに関して、再考を促す内容です。
●アメリカのTV番組が報道した気象改変施設の存在
ネット上では多くの人がすでに知っている気象兵器(気象改変施設)。しかし、それがどのように気候を操作するのか、大気圏の構造からその仕組みを説明できる人は少ないように思います。この番組では、一般人にもわかりやすくその仕組みを説明しています。現在、日本政府とニコンと東京大学と自衛隊が共同で南極に建設中の巨大電波施設。1本3Mのアンテナを1000本有する「パンジーレーダー計画」は、科学者が電離層研究と称して強烈な電波を大気圏に向かって放射するプロジェクトです。一見、夢のある計画ですが、この動画を観た後では「子供が針で風船遊びをしている」危険行為にしかみえません。みなさんはどうお考えでしょうか。
先週から愛知県の渥美半島沖で、メタンハイドレードの試掘調査を探査船の「ちきゅう」が始めました。巨大活断層が発見されているこの地域を刺激する危険きわまりない作業です。温暖化対策のCCS(二酸化炭素地中貯留)と同じで、どのプロジェクトも「温暖化防止のため」「エネルギー対策のため」「科学の進歩のため」と一般人を欺く目的が表向きに語られています。
以下は3月イベントのお知らせです。
---------------------------------------
①静岡県三島市・NPO自然派ママたちの座談会主催
「原発・世界同時不況・温暖化・食糧危機のホント」
【日時】3月4日(日)開場13:30 開始14:00 終了16:00
【場所】成真寺 本堂
静岡県三島市大社町7-56
最寄りバス停 東小入口より徒歩1分
【講演者】THINKER
【参加費】1000円
【問合せ】土屋 080-1590-2751
Eメール: shizenhamama@hotmail.co.jp
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②5回シリーズ講演会 in 岡崎
第5回「マスコミのウソを見抜く力をつける」
【日時】3月20日(火・祝)開場12:30 講演開始13:00 終了16:30
【参加費】予約1000円 / 当日1200円
【会場】岡崎市・北部地域交流センター「なごみん」3F
岡崎市西蔵前町字季平45番地1
TEL(0564)66-8251
【予約申込・問い合わせ】
逸見 Eメール: anjali_29@k.vodafone.ne.jp
TEL: 090-6555-7591
※講演会終了後、懇親会を予定しています。(18:00-20:00 場所未定のため当日、会場にてお知らせします)
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最後に急な告知ですが、関東方面の方にお知らせです。
『あなたはお金のしくみにこうして騙されている』の著者であり、同志の天野統康さんが主催するNPO法人ジャパンイニシアチブの第二回講演会・マスメディアが報道しない事実!
『~原発・放射能・TPP ~今そこにある日本の危機を反TPP、反原発の元農林水産副大臣が語る』
―衆議院議員 篠原 孝氏 講演
【日時】平成24年2月28日(火)18:00~19:30
開場17:30 混み合いますのでお早めにご来場ください
【場所】衆議院事務局憲政記念館(定員100名)
東京都 千代田区永田町1-1-1
東京メトロ 永田町駅下車 2番出口から徒歩5分
国会議事堂前駅下車 2番出口から徒歩7分
【参加費】当日払い2,000円 事前振込み1,500円
学生20席まで無料(要学生証/必ずお申込み下さい)
【振込先口座】みずほ銀行 飯田橋支店 普通預金 2551960 ジャパンイニシアチブ
※お振込み名と参加者のお名前が同じになるようにして下さい。
【参加費のお振込締切】当日払い適用の振込は26日まで。
事前振込み額適用の振込は25日まで。学生は26日まで。
お申込みはこちらから
【問合せ】天野 Eメール: m.amano@japan-init.or.jp
2012年2月24日金曜日
『この社会で生きやすく・ この社会を生きやすく』
昨日は
女房の弟さんが
1月6日に亡くなって
49日経ちました。
49日法要を行い
横浜の三沢墓地で
納骨式を行いました。
心安らかに
旅立ってまいりました。
その瞬間は
昼前の11時45分頃
冷たい雨が
残されたお母さんや
兄弟たちの
心のうちを現わすように
大粒の涙となって
洗い流すかのような
光景でした。
暫く
ブログをお休み
しましたが
喪に服しておりました。
この49日間
彼との対話の中で
彼岸へ送り届けることが
できたのではないかと
思っております。
その23日を
明日に控えていた
2月22日に
このブログで
何回も紹介させて
頂いています
森安 英憲さんから
森安さんの知人の
萬谷 衣里(まんたにえり)さんの
ピアノリサイタルのご案内と
共にメールが届きました。
下記にそのメールの
内容を許可がありましたので
紹介させてください。
表題は「多数凡人の世界」と
あります。
「こんにちは。
アーカメロディさんはどちらにお住まいですか。
私の知人であるピアニストの萬谷衣里さんが、
留学先のドイツから一時帰国して東京でリサイタルをします。
よかったら聴いてください。
3月7日 水曜日 18時30分開演
台東区立旧東京音楽学校奏楽堂(上野公園 重要文化財)
2,000円
大地震や新型インフルエンザなどあって、
最近社会ではリスクマネジメントという
新しい概念が台頭してきているようです。
緊急時の備え、ではなく、
普段の会社運営がどんなことにも対応できる
柔軟性を持つものにしよう、ということみたいです。
そのいちばんの中心が「人的資源の多重性」。
例えば大地震があって社員の半分が出勤できなくても、
生産が滞らないためには。みたいなことです。
それには、普段から倍の人数をかかえることは
当然できないので、さてどうするの?と。
これはチャンスだと思いますね。
私がずっとやってきたことが、
社会のメジャーな考え方に
採り入れられてきたと思うんです。
少数精鋭といって、別に精鋭でもない人が、
しかも低いレベルの仕事をやっているこの社会です。
社会と会社は同じ構成でなければ、
会社は社会に貢献しているとは言えません。
排除しているからです。障害や病気の人もいるから、
社会に貢献できるのです。
社会は少数精鋭で成り立っているのではありません。
社会は多数凡人です。
会社も、多数凡人が当たり前。
一人より二人。二人より三人。
いざというとき、一人の精鋭ではできないことでも、
二人の凡人ならできることも多くあります。
障害、病気の人だけではありません。
私はシルバー人材の採用もしていますが、
シルバー人材はキャリアがあり、
一方で体力や年金の関係があり短時間勤務を希望します。
それなら、例えば2名採用枠に
4名とか6名とか採用して順番に出勤すればよい。
いざというときは、2名の精鋭しか保有していなければ
その2名が出勤できなかったらお手上げですが、
4名や6名いれば2名分はまかなえる。
普段から2倍3倍の人数をかかえることはできるわけです。
外野からは「人増やしよって」と罵声を浴びていますが、
人を減らすことが生産性を上げることだという、
単純明快な賢い人にはわからないことです。
人を減らすことで、
高いレベルの人が低いレベルの仕事までやるから、
生産性が落ちるのです。
私にはリスクマネジメントは何ら新しい概念ではなく、
既にやっています。
また、働き手が減っていく日本と言われていますが、
そもそも現在、働けるのに働けなくされている人が
山ほどいることを、気がついていない人が多すぎます。
簡単なことですね。みんなに役割があるという当たり前のこと。
排除するのが好きな社会ですが、
「共に生きよう」と思えば、視界は360度開けると思うのだけど。」
いかがでしょうか?
まず、萬谷 衣里さんの
ピアノリサイタルは
是非、聴かせて
いただこうと思います。
萬谷 衣里さんの
リサイタル紹介の
Hpを拝見しますと
こう記されていました。
「2012年3月7日(水)、
母校・東京藝術大学より推薦され、
「奏楽堂デビューコンサート・シリーズ」に
出演することになりました。
このコンサートは
日本最古の木造の洋式音楽ホールとして、
重要文化財に指定されている、
旧東京音楽学校奏楽堂(上野公園内)で行われます。
プログラムはモーツァルトが
母の死に際して書いたといわれる
イ短調のソナタからリスト、ブラームス、ブゾーニまで
「哀歌~エレジー」をテーマに選曲をいたしました。
初春の上野で、皆様にお目にかかれましたら幸いです。 」
私にとっても
タイムリーな企画で
萬谷さんが
「哀歌~エレジー」をテーマに選曲を
してくれたとのこと
女房も今は次の入院の前の
自宅静養期間なので
一緒に萬谷さんの
ピアノリサイタルを聴き
女房の弟さんを
偲びたいと思います。
プログラムは
下記の内容です。
モーツァルト: ピアノ・ソナタ 第8番 イ短調 K.310
リスト: 子守歌 S.198
リスト: 愛の夢 ノクターン第3番
リスト: 詩的で宗教的な調べ S.173 より 第7番 「葬送」
ブゾーニ: J.S.バッハによる幻想曲
ブラームス: ピアノ・ソナタ 第2番 嬰へ短調 作品2
お近くで
時間が取れる方は
是非、聴いてください。
いつもながら
森安さんの
偶然ではない
必然のはからいに
心より感謝したいと思います。
ありがとうございます。
とても待ち遠しい
楽しみな日になりました。
私は現在、老人の
健康サポートを
テーマとした
小さなNPOを
運営しています。
その中で
森安さんが仰る通り
今、特にシルバー人材の
仕事を確保することは
大変困難な社会に
なっています。
それで
シルバー人材のキャリアを
生かした仕事を
みつけサポートしています。
ひとつは
個人情報保護に関する
コンサルタントや
審査員や外部監査
そして
事業継続計画
(Business continuity planning、BCP)
に関するお手伝いです。
森安さんがメールで
書いています
リスクマネジメントの
お仕事です。
私どものNPOでも
昨年、東京のセミナー会場で
企業を集めて
事業継続のセミナーを
開催しました。
20社ほど集まって
いただきました。
シルバー人材の方たちには
長い間、
文書管理をお仕事に
してきた方や
管理職や経営に携わった方も
たくさんおられますので
まずできることの仕事を
作っていこうという
考えでやっています。
まだ、ボチボチですが
4月から或る大手企業との
アライアンスで
個人情報のパッケージ
ビジネスが決まりましたので
森安さんが進めておられる
多数凡人の精神を入れて
多数の方に分担して
生き生きと
仕事をして頂こうと
思いました。
さらに森安さんから
今度職安の依頼で
「発達障害者への職業ガイダンス」で
講演をされる時の
ジョブガイダンスも
送付してくださいました。
森安さんがどういう方か
良くわかります。
一緒に共有してください。
タイトルは
『この社会で生きやすく・
この社会を生きやすく』です。
「初めまして。立積住備工業の森安と申します。
会社での本業は「経理」ですが、
あるきっかけから障害のある方々との
つきあいを始めて5年になります。
森安の常識は社会の非常識と言われていますが、
非常識の中にこそ本当のことがあると、
そう教えてくれたのは障害のある方々でした。
私たちの会社・立積住備工業株式会社は
平城宮跡、朱雀門の隣にあります。
会社ができて37年になります。ユニットバスの製造をしています。
社員総数85名。障害のある社員が16名います。
私がこの仕事をするようになったきっかけは、
5年前にさかのぼります。
ある日の夕方、養護学校の先生が飛び込みで会社に来られて、
「養護学校の生徒の職場実習をやってください」とおっしゃいました。
養護学校だの職場実習だの、そんなの会社の仕事と関係ないよと、
私は断ろうと思いました。
でも私は思い直しました。
養護学校の生徒たちに、会ったこともないのに、
断ってはいけないかと思い、
私は一度だけ学校に行くことにしました。
10日後に学校に行きました。
でも、学校の前まで行くと、
子どもたちの叫び声や奇声が聞こえてきました。
「やっぱりこんなところに来るんじゃなかった。
もう会社に戻ろう」と思ったとき、
ちょうど迎えに出てきた先生に見つかってしまいました。
そしてしかたなく学校に入ったのだけど、
思っていたのと違って、子どもたちは
とても優しく、温かく、私を迎えてくれました。
何てかわいい子どもたちなんだろう。
そのとき私はそう思いました。
私は、障害とは、体が不自由なことや、
知能の発達が遅れていることだと思っていたけど、
そうではありませんでした。
今まで、この子どもたちのことを、
知ろうともせず、受け入れようともしていなかった私が、
この子どもたちにとって本当の障害だったのです。
子どもたちを目の前にして、
「この子どもたちが幸せになる仕事を、私はしよう」
そう心に決めて、それから5年がたちました。
障害は決してその人ひとりのものではありません。
障害とは、人と人の間にあるもの。
障害とは、人と社会の関係を表す言葉。
例えば耳が聞こえないことを聴覚障害といいますが、
耳の聞こえない人とコミュニケーションがとれないこの社会も、
障害を作っているのです。
車イスでは階段が登れませんが、
まわりの人が車イスをかかえれば階段も登れます。
その優しさのない社会が本当の障害なのです。
私たちの会社は、
「障害者雇用をしている会社。障害者に理解のある会社」と
いわれていますが、そうではありません。
大事なことはたったひとつ。目の前の人を大切にすることです。
それは人として最も大切なことです。
そして、いつも目の前にある、いちばん簡単なことです。
でも私たちはそんな簡単なことができずに、
障害を作り出してしまうのです。
私は、こんな夢を持っています。
「誰もが当たり前に働ける会社」
「誰もが当たり前に暮らせる社会」
私たちの会社には、障害がある仲間がいます。
この会社で、彼らが幸せに働いてほしい。
彼らが幸せに働ける会社は、みんな
が幸せに働ける会社です。
そして、この社会もそうです。
障害ある人たちが幸せに暮らせる社会は、
みんなが幸せに暮らせる社会です。
だから、誰もが当たり前に働ける会社に。
誰もが当たり前に暮らせる社会に。
それが私の夢です。
「角を矯めて牛を殺す」ということわざがあります。
短所を矯正することにより、
かえって長所を出せなくしてしまうというたとえだと思います。
長所と短所は同じものだからです。
その人の性質が最も強く出るところを、
良く見れば長所、悪く見れば短所。
確かに短所は改めたほうがいいかも知れませんが、
一方でそれは受け入れる側の感性の問題でもあります。
短所と言われることを貫き極めることで
超一流になっている人がたくさんいるわけです。
障害や短所を決して恐れることはありません。
それは、人と違うすばらしい性質を持っているということです。
その活かし方が、本人にとっても社会にとっても、大切なことだと思います。
私たちはユニットバスの製造をしています。
これは、洗い場というプラスチック
製品の加工をやっている職場です。
元々大手業者に外注していた仕事ですが、私はある思いがあって、
この仕事を自社に取り戻して、新しい職場を作りました。
そして10名という中小企業としては大型の新規雇用をし、
そこに過半数の6名の知的障害者を採用しました。
「ありえない」と誰もが思った立ち上がりでしたが、
1年近くたって障害者は8名になっています。
ひとりひとりは確かに能力が低い。
「ありえない」採用、「ありえない」職場作りです。
でもこの彼らが、大手業者に負けない生産性をあげているのです。
大手業者の社員さんは、
みんながオールマイティーな優れた能力を持っています。
私たちの社員は、「これしかできない」人が多いです。
でも、それぞれが、自分に与えられた役割だけを、
きちんとこなしたらどういう結果が生まれるでしょうか。
私たちの社員は「これだけプロ」です。
不器用でもいい。みんなが自分のできることに集中すれば、
全体として誰にも負けない仕事ができるのです。
同じアウトプットを出すなら、できるだけ小さなインプットで。
それは企業の当たり前。
同じアウトプットを出すなら、できるだけ能力の低い人で。
非常識と言われる私たちがやっていることは、企業活動そのものです。
生産性を下げるものは能力の高い低いではなく、
能力に見合わない仕事をさせることです。
この仕事を例にとれば、優秀な社員にはこの仕事は
簡単すぎてふさわしくなく、もっとやるべき仕事があるということです。
優秀な社員にこの仕事をさせるがゆえに、生産性を低下させている。
実はこの社会ではむしろそのケースが多く、
それは能力の低い者を除外するという形で、
さらに社会的損失を作り出しているのです。
私たちがやっていることは実に簡単なことですが、
それを理解するには現場を見ることが大事です。
そして、会社は社会の縮図ですから、
それは私たちの会社にとどまることではなく、この社会の真理です。
・この会社で働きたいという気持ち
・この仕事なら続けられるという気持ち
・未完成であること
就職は高いハードルですが、
もっと大切なことは「続けられること」です。
就職の準備には、目の前のことを続けられる力を養うことが必要です。
私は、自分の能力の高さをアピールする人は採用しません。
仕事はその会社に入ってからのことです。
能力の高さや資格は重要な要素ではありません。
また失礼ですが「現に就職できていない」者に、
企業が即戦力を期待するわけがありません。
そこへ何でもできるようなアピールをすれば、
かえって企業は引くものです。
それよりも今置かれた立場をわきまえて、
事実をそのまま伝えたほうがいいです。
スタート地点を明確にすることは、
企業側に「何をすべきか」考える機会を与えることです。
そんな物分かりのよい企業はないと思われるでしょうけど、
未完成な者を受け入れて、共に育つという感性を持たない企業なら、
所詮入ってもこちらが傷つくだけで続けられません。
ところで、企業が障害者を雇用するとき、
前提に求めるのが、コミュニケーション能力です。
それがなければ面接もできませんから。
でも私たちの会社には面接もまともにできなかった社員がいます。
そのとき私は思ったことがあります。
コミュニケーションは双方向のものです。
彼が私とコミュニケーションが取れな
い・私が彼とコミュニケーションが取れない、それは同じ事象のはずです。
彼に伝える力がない・私に受け止める力がない。
またコミュニケーションの方法は多様です。
言葉だけでなく身振りや表情もあります。
信頼できない相手に話などできないという気持ちもあるでしょう。
最初は私が話しかけても彼は目が泳いでもう答えられないわけです。
ところが毎日同じことを続けていると、
パターンを読んで答を用意してくるようになりました。
そうして話の種類を増やしていき、
それなりのコミュニケーションが取れるようになりました。
それと同時に彼は表情がとても明るくなりました。
伏目がちでおどおどしていた最初の彼とは違います。
仕事でも一生懸命自分をアピールしています。
それが彼のいちばんのコミュニケーションなのだと思います。
コミュニケーションができないからと
入り口で否定すれば今の彼はないし、
こちらにその力がないのを相手のせいにして
人の力を埋もれさせているとすれば、
私たちは何と罪深いことをしているのでしょう。
コミュニケーションができないのはお互い様というわけです。
ただ現実問題この社会で少しでも生きやすくなろうと思えば、
自分の特性と「社会の特性」を知って、
社会の特性に合わせられる力を持つことが、
あなたの財産になるでしょう。
企業はコミュニケーション能力に欠けるがゆえに、
あなたに「こちらに合わせたコミュニケーションをお願いします」
というわけです。
障害者問題とは、少数者の問題、ニッチな世界、他人事。
そう思ううちは、この社会に幸せが訪れることはありません。
この社会にはいろんな人がいます。
みんな理由があって「ちがい」を持って生まれ、
みんなが必要で、誰が欠けてもいけないのです。
障害者は社会に適合せよと言うけど、
ではその社会って、そんなに立派な社会でしょうか?
障害者は社会のかやの外ではありません。
障害者を含めて一つの社会です。
障害者がいなければ、その分社会は欠けるのです。
少数者問題は、同時に残りの多数者問題です。
障害者が増えているのは、人が生きにくい社会だからです。
障害は社会が作るものです。
会社という小さな社会も同じです。
障害者が働きにくい会社は、みんなが働きにくい会社です。
社会適合ももちろん大事。
そしてこの社会を生きやすい社会に変えていくことも
とても大事なことです。
私はそういう仕事をしていきたいし、
みなさんも勇気を持って社会に出て行くことが、
社会を変えていくことだと思います。
障害のない社会をいっしょに作りたい。
私の話が少しでも参考になれば幸いです。
森安 英憲」
いかがでしょうか?
とても重要な視点であります。
是非、皆様の意見も
お聞かせください。
共有ありがとうございます。
生かしていただいて
ありがとうございます。
女房の弟さんが
1月6日に亡くなって
49日経ちました。
49日法要を行い
横浜の三沢墓地で
納骨式を行いました。
心安らかに
旅立ってまいりました。
その瞬間は
昼前の11時45分頃
冷たい雨が
残されたお母さんや
兄弟たちの
心のうちを現わすように
大粒の涙となって
洗い流すかのような
光景でした。
暫く
ブログをお休み
しましたが
喪に服しておりました。
この49日間
彼との対話の中で
彼岸へ送り届けることが
できたのではないかと
思っております。
その23日を
明日に控えていた
2月22日に
このブログで
何回も紹介させて
頂いています
森安 英憲さんから
森安さんの知人の
萬谷 衣里(まんたにえり)さんの
ピアノリサイタルのご案内と
共にメールが届きました。
下記にそのメールの
内容を許可がありましたので
紹介させてください。
表題は「多数凡人の世界」と
あります。
「こんにちは。
アーカメロディさんはどちらにお住まいですか。
私の知人であるピアニストの萬谷衣里さんが、
留学先のドイツから一時帰国して東京でリサイタルをします。
よかったら聴いてください。
3月7日 水曜日 18時30分開演
台東区立旧東京音楽学校奏楽堂(上野公園 重要文化財)
2,000円
大地震や新型インフルエンザなどあって、
最近社会ではリスクマネジメントという
新しい概念が台頭してきているようです。
緊急時の備え、ではなく、
普段の会社運営がどんなことにも対応できる
柔軟性を持つものにしよう、ということみたいです。
そのいちばんの中心が「人的資源の多重性」。
例えば大地震があって社員の半分が出勤できなくても、
生産が滞らないためには。みたいなことです。
それには、普段から倍の人数をかかえることは
当然できないので、さてどうするの?と。
これはチャンスだと思いますね。
私がずっとやってきたことが、
社会のメジャーな考え方に
採り入れられてきたと思うんです。
少数精鋭といって、別に精鋭でもない人が、
しかも低いレベルの仕事をやっているこの社会です。
社会と会社は同じ構成でなければ、
会社は社会に貢献しているとは言えません。
排除しているからです。障害や病気の人もいるから、
社会に貢献できるのです。
社会は少数精鋭で成り立っているのではありません。
社会は多数凡人です。
会社も、多数凡人が当たり前。
一人より二人。二人より三人。
いざというとき、一人の精鋭ではできないことでも、
二人の凡人ならできることも多くあります。
障害、病気の人だけではありません。
私はシルバー人材の採用もしていますが、
シルバー人材はキャリアがあり、
一方で体力や年金の関係があり短時間勤務を希望します。
それなら、例えば2名採用枠に
4名とか6名とか採用して順番に出勤すればよい。
いざというときは、2名の精鋭しか保有していなければ
その2名が出勤できなかったらお手上げですが、
4名や6名いれば2名分はまかなえる。
普段から2倍3倍の人数をかかえることはできるわけです。
外野からは「人増やしよって」と罵声を浴びていますが、
人を減らすことが生産性を上げることだという、
単純明快な賢い人にはわからないことです。
人を減らすことで、
高いレベルの人が低いレベルの仕事までやるから、
生産性が落ちるのです。
私にはリスクマネジメントは何ら新しい概念ではなく、
既にやっています。
また、働き手が減っていく日本と言われていますが、
そもそも現在、働けるのに働けなくされている人が
山ほどいることを、気がついていない人が多すぎます。
簡単なことですね。みんなに役割があるという当たり前のこと。
排除するのが好きな社会ですが、
「共に生きよう」と思えば、視界は360度開けると思うのだけど。」
いかがでしょうか?
まず、萬谷 衣里さんの
ピアノリサイタルは
是非、聴かせて
いただこうと思います。
萬谷 衣里さんの
リサイタル紹介の
Hpを拝見しますと
こう記されていました。
「2012年3月7日(水)、
母校・東京藝術大学より推薦され、
「奏楽堂デビューコンサート・シリーズ」に
出演することになりました。
このコンサートは
日本最古の木造の洋式音楽ホールとして、
重要文化財に指定されている、
旧東京音楽学校奏楽堂(上野公園内)で行われます。
プログラムはモーツァルトが
母の死に際して書いたといわれる
イ短調のソナタからリスト、ブラームス、ブゾーニまで
「哀歌~エレジー」をテーマに選曲をいたしました。
初春の上野で、皆様にお目にかかれましたら幸いです。 」
私にとっても
タイムリーな企画で
萬谷さんが
「哀歌~エレジー」をテーマに選曲を
してくれたとのこと
女房も今は次の入院の前の
自宅静養期間なので
一緒に萬谷さんの
ピアノリサイタルを聴き
女房の弟さんを
偲びたいと思います。
プログラムは
下記の内容です。
モーツァルト: ピアノ・ソナタ 第8番 イ短調 K.310
リスト: 子守歌 S.198
リスト: 愛の夢 ノクターン第3番
リスト: 詩的で宗教的な調べ S.173 より 第7番 「葬送」
ブゾーニ: J.S.バッハによる幻想曲
ブラームス: ピアノ・ソナタ 第2番 嬰へ短調 作品2
お近くで
時間が取れる方は
是非、聴いてください。
いつもながら
森安さんの
偶然ではない
必然のはからいに
心より感謝したいと思います。
ありがとうございます。
とても待ち遠しい
楽しみな日になりました。
私は現在、老人の
健康サポートを
テーマとした
小さなNPOを
運営しています。
その中で
森安さんが仰る通り
今、特にシルバー人材の
仕事を確保することは
大変困難な社会に
なっています。
それで
シルバー人材のキャリアを
生かした仕事を
みつけサポートしています。
ひとつは
個人情報保護に関する
コンサルタントや
審査員や外部監査
そして
事業継続計画
(Business continuity planning、BCP)
に関するお手伝いです。
森安さんがメールで
書いています
リスクマネジメントの
お仕事です。
私どものNPOでも
昨年、東京のセミナー会場で
企業を集めて
事業継続のセミナーを
開催しました。
20社ほど集まって
いただきました。
シルバー人材の方たちには
長い間、
文書管理をお仕事に
してきた方や
管理職や経営に携わった方も
たくさんおられますので
まずできることの仕事を
作っていこうという
考えでやっています。
まだ、ボチボチですが
4月から或る大手企業との
アライアンスで
個人情報のパッケージ
ビジネスが決まりましたので
森安さんが進めておられる
多数凡人の精神を入れて
多数の方に分担して
生き生きと
仕事をして頂こうと
思いました。
さらに森安さんから
今度職安の依頼で
「発達障害者への職業ガイダンス」で
講演をされる時の
ジョブガイダンスも
送付してくださいました。
森安さんがどういう方か
良くわかります。
一緒に共有してください。
タイトルは
『この社会で生きやすく・
この社会を生きやすく』です。
「初めまして。立積住備工業の森安と申します。
会社での本業は「経理」ですが、
あるきっかけから障害のある方々との
つきあいを始めて5年になります。
森安の常識は社会の非常識と言われていますが、
非常識の中にこそ本当のことがあると、
そう教えてくれたのは障害のある方々でした。
私たちの会社・立積住備工業株式会社は
平城宮跡、朱雀門の隣にあります。
会社ができて37年になります。ユニットバスの製造をしています。
社員総数85名。障害のある社員が16名います。
私がこの仕事をするようになったきっかけは、
5年前にさかのぼります。
ある日の夕方、養護学校の先生が飛び込みで会社に来られて、
「養護学校の生徒の職場実習をやってください」とおっしゃいました。
養護学校だの職場実習だの、そんなの会社の仕事と関係ないよと、
私は断ろうと思いました。
でも私は思い直しました。
養護学校の生徒たちに、会ったこともないのに、
断ってはいけないかと思い、
私は一度だけ学校に行くことにしました。
10日後に学校に行きました。
でも、学校の前まで行くと、
子どもたちの叫び声や奇声が聞こえてきました。
「やっぱりこんなところに来るんじゃなかった。
もう会社に戻ろう」と思ったとき、
ちょうど迎えに出てきた先生に見つかってしまいました。
そしてしかたなく学校に入ったのだけど、
思っていたのと違って、子どもたちは
とても優しく、温かく、私を迎えてくれました。
何てかわいい子どもたちなんだろう。
そのとき私はそう思いました。
私は、障害とは、体が不自由なことや、
知能の発達が遅れていることだと思っていたけど、
そうではありませんでした。
今まで、この子どもたちのことを、
知ろうともせず、受け入れようともしていなかった私が、
この子どもたちにとって本当の障害だったのです。
子どもたちを目の前にして、
「この子どもたちが幸せになる仕事を、私はしよう」
そう心に決めて、それから5年がたちました。
障害は決してその人ひとりのものではありません。
障害とは、人と人の間にあるもの。
障害とは、人と社会の関係を表す言葉。
例えば耳が聞こえないことを聴覚障害といいますが、
耳の聞こえない人とコミュニケーションがとれないこの社会も、
障害を作っているのです。
車イスでは階段が登れませんが、
まわりの人が車イスをかかえれば階段も登れます。
その優しさのない社会が本当の障害なのです。
私たちの会社は、
「障害者雇用をしている会社。障害者に理解のある会社」と
いわれていますが、そうではありません。
大事なことはたったひとつ。目の前の人を大切にすることです。
それは人として最も大切なことです。
そして、いつも目の前にある、いちばん簡単なことです。
でも私たちはそんな簡単なことができずに、
障害を作り出してしまうのです。
私は、こんな夢を持っています。
「誰もが当たり前に働ける会社」
「誰もが当たり前に暮らせる社会」
私たちの会社には、障害がある仲間がいます。
この会社で、彼らが幸せに働いてほしい。
彼らが幸せに働ける会社は、みんな
が幸せに働ける会社です。
そして、この社会もそうです。
障害ある人たちが幸せに暮らせる社会は、
みんなが幸せに暮らせる社会です。
だから、誰もが当たり前に働ける会社に。
誰もが当たり前に暮らせる社会に。
それが私の夢です。
「角を矯めて牛を殺す」ということわざがあります。
短所を矯正することにより、
かえって長所を出せなくしてしまうというたとえだと思います。
長所と短所は同じものだからです。
その人の性質が最も強く出るところを、
良く見れば長所、悪く見れば短所。
確かに短所は改めたほうがいいかも知れませんが、
一方でそれは受け入れる側の感性の問題でもあります。
短所と言われることを貫き極めることで
超一流になっている人がたくさんいるわけです。
障害や短所を決して恐れることはありません。
それは、人と違うすばらしい性質を持っているということです。
その活かし方が、本人にとっても社会にとっても、大切なことだと思います。
私たちはユニットバスの製造をしています。
これは、洗い場というプラスチック
製品の加工をやっている職場です。
元々大手業者に外注していた仕事ですが、私はある思いがあって、
この仕事を自社に取り戻して、新しい職場を作りました。
そして10名という中小企業としては大型の新規雇用をし、
そこに過半数の6名の知的障害者を採用しました。
「ありえない」と誰もが思った立ち上がりでしたが、
1年近くたって障害者は8名になっています。
ひとりひとりは確かに能力が低い。
「ありえない」採用、「ありえない」職場作りです。
でもこの彼らが、大手業者に負けない生産性をあげているのです。
大手業者の社員さんは、
みんながオールマイティーな優れた能力を持っています。
私たちの社員は、「これしかできない」人が多いです。
でも、それぞれが、自分に与えられた役割だけを、
きちんとこなしたらどういう結果が生まれるでしょうか。
私たちの社員は「これだけプロ」です。
不器用でもいい。みんなが自分のできることに集中すれば、
全体として誰にも負けない仕事ができるのです。
同じアウトプットを出すなら、できるだけ小さなインプットで。
それは企業の当たり前。
同じアウトプットを出すなら、できるだけ能力の低い人で。
非常識と言われる私たちがやっていることは、企業活動そのものです。
生産性を下げるものは能力の高い低いではなく、
能力に見合わない仕事をさせることです。
この仕事を例にとれば、優秀な社員にはこの仕事は
簡単すぎてふさわしくなく、もっとやるべき仕事があるということです。
優秀な社員にこの仕事をさせるがゆえに、生産性を低下させている。
実はこの社会ではむしろそのケースが多く、
それは能力の低い者を除外するという形で、
さらに社会的損失を作り出しているのです。
私たちがやっていることは実に簡単なことですが、
それを理解するには現場を見ることが大事です。
そして、会社は社会の縮図ですから、
それは私たちの会社にとどまることではなく、この社会の真理です。
・この会社で働きたいという気持ち
・この仕事なら続けられるという気持ち
・未完成であること
就職は高いハードルですが、
もっと大切なことは「続けられること」です。
就職の準備には、目の前のことを続けられる力を養うことが必要です。
私は、自分の能力の高さをアピールする人は採用しません。
仕事はその会社に入ってからのことです。
能力の高さや資格は重要な要素ではありません。
また失礼ですが「現に就職できていない」者に、
企業が即戦力を期待するわけがありません。
そこへ何でもできるようなアピールをすれば、
かえって企業は引くものです。
それよりも今置かれた立場をわきまえて、
事実をそのまま伝えたほうがいいです。
スタート地点を明確にすることは、
企業側に「何をすべきか」考える機会を与えることです。
そんな物分かりのよい企業はないと思われるでしょうけど、
未完成な者を受け入れて、共に育つという感性を持たない企業なら、
所詮入ってもこちらが傷つくだけで続けられません。
ところで、企業が障害者を雇用するとき、
前提に求めるのが、コミュニケーション能力です。
それがなければ面接もできませんから。
でも私たちの会社には面接もまともにできなかった社員がいます。
そのとき私は思ったことがあります。
コミュニケーションは双方向のものです。
彼が私とコミュニケーションが取れな
い・私が彼とコミュニケーションが取れない、それは同じ事象のはずです。
彼に伝える力がない・私に受け止める力がない。
またコミュニケーションの方法は多様です。
言葉だけでなく身振りや表情もあります。
信頼できない相手に話などできないという気持ちもあるでしょう。
最初は私が話しかけても彼は目が泳いでもう答えられないわけです。
ところが毎日同じことを続けていると、
パターンを読んで答を用意してくるようになりました。
そうして話の種類を増やしていき、
それなりのコミュニケーションが取れるようになりました。
それと同時に彼は表情がとても明るくなりました。
伏目がちでおどおどしていた最初の彼とは違います。
仕事でも一生懸命自分をアピールしています。
それが彼のいちばんのコミュニケーションなのだと思います。
コミュニケーションができないからと
入り口で否定すれば今の彼はないし、
こちらにその力がないのを相手のせいにして
人の力を埋もれさせているとすれば、
私たちは何と罪深いことをしているのでしょう。
コミュニケーションができないのはお互い様というわけです。
ただ現実問題この社会で少しでも生きやすくなろうと思えば、
自分の特性と「社会の特性」を知って、
社会の特性に合わせられる力を持つことが、
あなたの財産になるでしょう。
企業はコミュニケーション能力に欠けるがゆえに、
あなたに「こちらに合わせたコミュニケーションをお願いします」
というわけです。
障害者問題とは、少数者の問題、ニッチな世界、他人事。
そう思ううちは、この社会に幸せが訪れることはありません。
この社会にはいろんな人がいます。
みんな理由があって「ちがい」を持って生まれ、
みんなが必要で、誰が欠けてもいけないのです。
障害者は社会に適合せよと言うけど、
ではその社会って、そんなに立派な社会でしょうか?
障害者は社会のかやの外ではありません。
障害者を含めて一つの社会です。
障害者がいなければ、その分社会は欠けるのです。
少数者問題は、同時に残りの多数者問題です。
障害者が増えているのは、人が生きにくい社会だからです。
障害は社会が作るものです。
会社という小さな社会も同じです。
障害者が働きにくい会社は、みんなが働きにくい会社です。
社会適合ももちろん大事。
そしてこの社会を生きやすい社会に変えていくことも
とても大事なことです。
私はそういう仕事をしていきたいし、
みなさんも勇気を持って社会に出て行くことが、
社会を変えていくことだと思います。
障害のない社会をいっしょに作りたい。
私の話が少しでも参考になれば幸いです。
森安 英憲」
いかがでしょうか?
とても重要な視点であります。
是非、皆様の意見も
お聞かせください。
共有ありがとうございます。
生かしていただいて
ありがとうございます。
2012年2月2日木曜日
「共時性の中に生きる」
年が明けて
私の女房の弟さんが
亡くなりました。
まだ、56歳でした。
弟さんが
勤務している
会社の方には
暮れに体調が悪いと
言っていたそうですが
仕事始めの
1月5日に出社せず
6日~10日まで
連絡が取れない
状態だったので、
会社の同僚の方が
心配してくれて
弟さんのマンションの
大家さんに頼んで
部屋の鍵を
開けてもらい
亡くなっているのを
発見したそうです。
こういったケースは
警察署が解剖を
するのですが、
その結果
亡くなったのは
1月6日だったとのことで、
死後4日経っていました。
死因は肺がんと肝硬変と
いうことで
どちらが死因といっても
いいぐらい悪化していた
様です。
弟さんは
現在は独身でしたので
発見が遅れて
4日も経って
しまいました。
女房の親や
兄弟は
お母さんが
横浜市鶴見区に
ご健在で
女房のお姉さんが
長女で近くの川崎に
旦那さんと住んでいます。
女房が次女で
今回亡くなった弟さんが
その下で、長男です。
そして、このブログでも
紹介したことのある
四国に嫁いでいる
妹さんが三女です。
そして、母親の隣に
マンションを借りて
住んでいる
やはり、このブログで
紹介したことのある
一番下の弟さんが
います。
やはり独身です。
何故か?男は独身です。
この5人兄弟の中で
この亡くなった
弟さんだけが
ここ20年程
他の兄弟との連絡を
あまりとって
いなかったために
近況については
家族のみんなも
状況を把握して
いませんでした。
健康面においては
寧ろ
病気とは程遠いと
思われていた方でした。
それだけに
お母さんや
兄弟たちの驚きと
悲しみは
如何ばかりかと
慮ります。
それぞれに
彼との思い出はあり
その思いに浸りながらも
彼と今生での
お別れを言い
また、次の再会を
約束したことでしょう。
彼の納骨までの
49日間
私は
毎朝
仏壇に向かって
弟さんに
こう
語りかけていきます。
「○○○○さん
あなたは1月6日に
亡くなりました。
1月13日には
焼き場にて
56年間使っていた
肉体にも
お別れを告げました。
しかしながら
あなたの実相は
完全円満なる霊なのです。
その証拠に
何も食さなくても
生きているという
確かな実感があるでしょう。
これから
あなたには
既に亡くなっている
お父さんを始め
有縁の方たちが
あなたを導くために
あなたの前に
訪れてまいります。
その方たちの
あなたを思う愛情を
魂から受け取って
その導きに従って
より深い気づきを
感じてください。
あなたの深い気づきは、
古いエネルギーから
あなたを開放し、
あなた自身の肉体や物質に
付着するものを
手放していくプロセスです。
最早、あなたには
病気もありません。
あらゆる執着から
自由になっていきます。
素晴らしい事です。
全てが変化していきます。
一つのステージを
越えていくのです。
そして
新生したあなたの
あたたかい愛で
残された
お母さんや
兄弟たち並びに
あなたに係わった
有縁の方たちを
お見守り下さいますよう
宜しくお願いいたします。」
真理を学んだことのある方
であるならば、
永遠の生命を自覚
されているでしょうが
自覚の無い方やまた、
自覚があっても
亡くなった状況が
昨年の地震や津波や
交通事故と言った
突発的なことであったり
した場合
どうしても直ぐには
理解できない方も
おります。
そのために
49日間という期間は
意味のあることと
言えます。
その場合
お坊さんから
あげて頂くお経も
大変、すばらしい内容で
雰囲気としては
いいのですが
それはそれとして
私は
亡くなられた方の年齢や
状況に鑑みて
現代語にて
その人自身に
毎朝、語りかけるように
お話をしていきます。
いつも同じではなく
弟さんの場合は
一番上のお姉さんや
一番下の弟さんのところに
たびたび出かけていって
夜中にテレビを点けたり
見ているテレビを
突然消したり
棚の上の物を
転がしたり
いたずらをするのです。
一番下の弟さんから
そんなことがあったので
お兄さんの相手を
してあげたそうです。
そして、
こんなメールが
届いていました。
「身内は気配でわかります。
ただ、恐怖感は何もありません。
昨日、兄の写真と一緒に
語り合いました。
酒を二人で飲みながら・・・」
その人の
係わりのあることの
状況を逐次、付け加えて
普通に友人と
話をしているように
語りかけるのです。
おとなしく
聞いている姿を
感じることもあれば
悲しみや
寂しさの感情の
波動も感じることが
できます。
何か
どうしても
言ったおきたいことが
あれば
夢枕に立ち
大切なことを
伝えてくれることも
あります。
ただ、不思議と
49日に近ずくにつれ
穏やかな静かな
波動になってくるものです。
理解さえしてくれれば
肉体と言う粗い密度と
違って
早く悟れるのです。
「今日は残りの人生の最初の日」
今日も彼に
語りかけました。
今日の彼は
とてもあたたかな波動を
出してくれました。
2月23日には
納骨をいたします。
それまでの間
彼と共に
次のステップに進むよう
語りかけていきます。
生かしていただいて
ありがとうございます、
私の女房の弟さんが
亡くなりました。
まだ、56歳でした。
弟さんが
勤務している
会社の方には
暮れに体調が悪いと
言っていたそうですが
仕事始めの
1月5日に出社せず
6日~10日まで
連絡が取れない
状態だったので、
会社の同僚の方が
心配してくれて
弟さんのマンションの
大家さんに頼んで
部屋の鍵を
開けてもらい
亡くなっているのを
発見したそうです。
こういったケースは
警察署が解剖を
するのですが、
その結果
亡くなったのは
1月6日だったとのことで、
死後4日経っていました。
死因は肺がんと肝硬変と
いうことで
どちらが死因といっても
いいぐらい悪化していた
様です。
弟さんは
現在は独身でしたので
発見が遅れて
4日も経って
しまいました。
女房の親や
兄弟は
お母さんが
横浜市鶴見区に
ご健在で
女房のお姉さんが
長女で近くの川崎に
旦那さんと住んでいます。
女房が次女で
今回亡くなった弟さんが
その下で、長男です。
そして、このブログでも
紹介したことのある
四国に嫁いでいる
妹さんが三女です。
そして、母親の隣に
マンションを借りて
住んでいる
やはり、このブログで
紹介したことのある
一番下の弟さんが
います。
やはり独身です。
何故か?男は独身です。
この5人兄弟の中で
この亡くなった
弟さんだけが
ここ20年程
他の兄弟との連絡を
あまりとって
いなかったために
近況については
家族のみんなも
状況を把握して
いませんでした。
健康面においては
寧ろ
病気とは程遠いと
思われていた方でした。
それだけに
お母さんや
兄弟たちの驚きと
悲しみは
如何ばかりかと
慮ります。
それぞれに
彼との思い出はあり
その思いに浸りながらも
彼と今生での
お別れを言い
また、次の再会を
約束したことでしょう。
彼の納骨までの
49日間
私は
毎朝
仏壇に向かって
弟さんに
こう
語りかけていきます。
「○○○○さん
あなたは1月6日に
亡くなりました。
1月13日には
焼き場にて
56年間使っていた
肉体にも
お別れを告げました。
しかしながら
あなたの実相は
完全円満なる霊なのです。
その証拠に
何も食さなくても
生きているという
確かな実感があるでしょう。
これから
あなたには
既に亡くなっている
お父さんを始め
有縁の方たちが
あなたを導くために
あなたの前に
訪れてまいります。
その方たちの
あなたを思う愛情を
魂から受け取って
その導きに従って
より深い気づきを
感じてください。
あなたの深い気づきは、
古いエネルギーから
あなたを開放し、
あなた自身の肉体や物質に
付着するものを
手放していくプロセスです。
最早、あなたには
病気もありません。
あらゆる執着から
自由になっていきます。
素晴らしい事です。
全てが変化していきます。
一つのステージを
越えていくのです。
そして
新生したあなたの
あたたかい愛で
残された
お母さんや
兄弟たち並びに
あなたに係わった
有縁の方たちを
お見守り下さいますよう
宜しくお願いいたします。」
真理を学んだことのある方
であるならば、
永遠の生命を自覚
されているでしょうが
自覚の無い方やまた、
自覚があっても
亡くなった状況が
昨年の地震や津波や
交通事故と言った
突発的なことであったり
した場合
どうしても直ぐには
理解できない方も
おります。
そのために
49日間という期間は
意味のあることと
言えます。
その場合
お坊さんから
あげて頂くお経も
大変、すばらしい内容で
雰囲気としては
いいのですが
それはそれとして
私は
亡くなられた方の年齢や
状況に鑑みて
現代語にて
その人自身に
毎朝、語りかけるように
お話をしていきます。
いつも同じではなく
弟さんの場合は
一番上のお姉さんや
一番下の弟さんのところに
たびたび出かけていって
夜中にテレビを点けたり
見ているテレビを
突然消したり
棚の上の物を
転がしたり
いたずらをするのです。
一番下の弟さんから
そんなことがあったので
お兄さんの相手を
してあげたそうです。
そして、
こんなメールが
届いていました。
「身内は気配でわかります。
ただ、恐怖感は何もありません。
昨日、兄の写真と一緒に
語り合いました。
酒を二人で飲みながら・・・」
その人の
係わりのあることの
状況を逐次、付け加えて
普通に友人と
話をしているように
語りかけるのです。
おとなしく
聞いている姿を
感じることもあれば
悲しみや
寂しさの感情の
波動も感じることが
できます。
何か
どうしても
言ったおきたいことが
あれば
夢枕に立ち
大切なことを
伝えてくれることも
あります。
ただ、不思議と
49日に近ずくにつれ
穏やかな静かな
波動になってくるものです。
理解さえしてくれれば
肉体と言う粗い密度と
違って
早く悟れるのです。
「今日は残りの人生の最初の日」
今日も彼に
語りかけました。
今日の彼は
とてもあたたかな波動を
出してくれました。
2月23日には
納骨をいたします。
それまでの間
彼と共に
次のステップに進むよう
語りかけていきます。
生かしていただいて
ありがとうございます、
2012年1月10日火曜日
「意識を高め、視野を拡大する」
2012年に入り
早いもので
今日は1月10日に
なりました。
今年に入ってから
明らかに
今までとは
精神的波動が
変わってきたのを
感じます。
お会いした方々も
口々に
何かの違いを
感じられて
いるようです。
皆様は
いかがでしょうか?
昨年起こった
東日本大震災において
建物や道路などが
崩落し破壊され
あらゆる大切なものや
多くの
かけがえのない命を
喪いました。
それに追い討ちを
かけるように
津波によって
建物や車輌と一緒に
多くの思い出と共に
大切な人たちを
流し飲み込んで
しまいました。
また福島原発が爆発し
放射能が大気中に飛散し
地面や海を汚染し、
食料や水にまで
影響されました。
人々は
郷土を追われ、
家族や友人や隣人たちと
離れて暮らすことを
余儀なくされて
いらっしゃる方たちが
多数おられます。
直接的な被害を
被らなかった
人たちにしても
この惨状を
目の当たりにして
共に悲しみ苦しんで
おられます。
しかし、その一方で
人々の絆や結びつきが
世界中に及び
多くの人たちの
あたたかく尊い
思いやりや励ましの
言葉や支援が
再びの生きる力を
また明日への希望を
与えてくれました。
何が本当に
価値あるものなのか?
あらためて
考えさせられる
大きな出来事でも
ありました。
その激動の
2011年から
2012年に入って
多くの人々の気持ちは
大きく変化している
ように感じます。
2012年はまさしく
精神的な転換の
分水嶺の年に
なると思われます。
私たちの
意識を高め
視野を拡大することが
より大切に
なってまいります。
人と人との絆
思いやり、
優しさ
慈しみといった
本来持つ特質を
こころの内部に
留め保ち
発揮していこうという
強い動機と意思を
持つことが
必要になります。
私たちは
神の子であり
今こそ、
その自覚を
持たなければ
なりません。
神なる意識は
無限であります。
宇宙意識であり
全ての全てを抱擁し
生かし給い、
そして育み、
愛してくださる
偉大なる
意識であります。
大愛の中に
全てのものが
抱擁されています。
全ての全ての中に
私が存在し、
自分と他人という
分離は存在しません。
分離と言うのは
限定された意識や
限定された視野の
自我の意識という
観念が創っているに
過ぎないものです。
この分離感は
個人においても
国家においても
自と他を区別し
自分の領域に無い
他という存在を
攻撃したり
破壊したり
侵略し奪ってきました。
結局は
他を攻撃し破壊した
と思っていても
それは
自分を攻撃し
破壊しているのです。
そのことに
気づかなければ
なりません。
もうその時代に
終りを告げなければ
なりません。
私たち一人ひとりの
意識を高め
視野を拡大させる
ことによって
変わっていけるのです。
低い意識とは
自分さえよければという
自己保存や
自己中心の意識です。
また、
狭い自己のみに
囚われている
自己限定の思いです。
それは自我であり
偽我であります。
そいいう
低い意識
狭い視野は
もう手放さなければ
なりません。
私たち
一人ひとりに
本来備わっている
本当の相(すがた)は
無差別の愛であり、
無限大の私なのです。
ただ、そう
自覚することです。
なぜ、
宇宙大の意識を
制約しなければ
ならないのでしょう?
私たちは
一度なりとも
神から分離した
ことはありません。
私たちは
神の子なのです。
生きとし生けるもの
万有万物悉く
神の子なのです。
すべては
本来そのままで
奉仕と循環の
法則によって
同じ神の子同士
すべてが
関連しながら
生かされているのです。
数え切れない
ご加護を
受けながら
私たちは
生かされているのです。
それでは一体
人間は
何に奉仕しようと
しているのでしょう?
すべては
神の愛と調和の
中にあって
人間はそのバランスを
崩していただけなのでは
ないのでしょうか?
神が大きな愛と
調和でバランスを
取ろうとしているのに、
人間は
大気中は汚染するし、
自然は破壊するし、
人間同士でさえ
罵り、
けなしあい、
憎しみ合い、
悪口の言い合いを
してきました。
そして
宇宙にまで
影響を及ぼすような
核爆弾を
たくさん持っています。
もう、よしましょう!
意識を高め
視野を拡大させるのです。
神が大愛でなかったら、
とうに地球は
滅びています。
神は何一つ誰一人とも
裁くことはありません。
神の大愛によって、
いかに罪を犯そうが
気長に
私たちの罪を許して
くださっているのです。
神は
私たちを
裁いたことが
あるでしょうか?
人間は
自らが犯した罪は
自らが
刈り取っている
だけなのです。
神は慈悲深く愛深く、
永遠に私たちを
久遠の愛、
不変的愛によって、
許してくださって
いるのです。
神は愛であり
調和であります。
すべては
助け合い、
分かち合いなのです。
罵りや、悪口は
神から
離れている行為です。
それは、神を罵り、
悪口を言っている
ことと同じことなのです。
隣人も
神の子であるのです。
私たちも神の子です。
隣人を罵る者は
結局、自分自身を
罵っているのです。
すべては一つなのです。
神は大調和であり、
大愛であり、
到る所に
満ち満ちているのです。
『今日は残りの人生の最初の日』
今、この瞬間に
満ち満ちている
神の愛と調和を
我が意識として
高めていき、
視野を拡大できるのです。
それは既に
備わっている
真我なのです。
今、確かにあるのです。
大愛が備わっています。
大愛とは
真我に由来する
数多くの
特質を網羅している
力強い
エネルギーのことです。
そのエネルギーは
すべての存在達に
希望と確信を与え
抱擁し、
生かし育むところの
偉大なる意識であります。
この大愛を
こころの内部の
中心に置くことが
意識を高め
視野を
拡大することです。
2012年は
その意識を高め
視野を拡大し
日々の生活の中で
それを維持し続ける
ことこそ
私たちの
最優先の課題にして
いくことが
とても大事であると
思うのです。
生かしていただいて
ありがとうございます。
早いもので
今日は1月10日に
なりました。
今年に入ってから
明らかに
今までとは
精神的波動が
変わってきたのを
感じます。
お会いした方々も
口々に
何かの違いを
感じられて
いるようです。
皆様は
いかがでしょうか?
昨年起こった
東日本大震災において
建物や道路などが
崩落し破壊され
あらゆる大切なものや
多くの
かけがえのない命を
喪いました。
それに追い討ちを
かけるように
津波によって
建物や車輌と一緒に
多くの思い出と共に
大切な人たちを
流し飲み込んで
しまいました。
また福島原発が爆発し
放射能が大気中に飛散し
地面や海を汚染し、
食料や水にまで
影響されました。
人々は
郷土を追われ、
家族や友人や隣人たちと
離れて暮らすことを
余儀なくされて
いらっしゃる方たちが
多数おられます。
直接的な被害を
被らなかった
人たちにしても
この惨状を
目の当たりにして
共に悲しみ苦しんで
おられます。
しかし、その一方で
人々の絆や結びつきが
世界中に及び
多くの人たちの
あたたかく尊い
思いやりや励ましの
言葉や支援が
再びの生きる力を
また明日への希望を
与えてくれました。
何が本当に
価値あるものなのか?
あらためて
考えさせられる
大きな出来事でも
ありました。
その激動の
2011年から
2012年に入って
多くの人々の気持ちは
大きく変化している
ように感じます。
2012年はまさしく
精神的な転換の
分水嶺の年に
なると思われます。
私たちの
意識を高め
視野を拡大することが
より大切に
なってまいります。
人と人との絆
思いやり、
優しさ
慈しみといった
本来持つ特質を
こころの内部に
留め保ち
発揮していこうという
強い動機と意思を
持つことが
必要になります。
私たちは
神の子であり
今こそ、
その自覚を
持たなければ
なりません。
神なる意識は
無限であります。
宇宙意識であり
全ての全てを抱擁し
生かし給い、
そして育み、
愛してくださる
偉大なる
意識であります。
大愛の中に
全てのものが
抱擁されています。
全ての全ての中に
私が存在し、
自分と他人という
分離は存在しません。
分離と言うのは
限定された意識や
限定された視野の
自我の意識という
観念が創っているに
過ぎないものです。
この分離感は
個人においても
国家においても
自と他を区別し
自分の領域に無い
他という存在を
攻撃したり
破壊したり
侵略し奪ってきました。
結局は
他を攻撃し破壊した
と思っていても
それは
自分を攻撃し
破壊しているのです。
そのことに
気づかなければ
なりません。
もうその時代に
終りを告げなければ
なりません。
私たち一人ひとりの
意識を高め
視野を拡大させる
ことによって
変わっていけるのです。
低い意識とは
自分さえよければという
自己保存や
自己中心の意識です。
また、
狭い自己のみに
囚われている
自己限定の思いです。
それは自我であり
偽我であります。
そいいう
低い意識
狭い視野は
もう手放さなければ
なりません。
私たち
一人ひとりに
本来備わっている
本当の相(すがた)は
無差別の愛であり、
無限大の私なのです。
ただ、そう
自覚することです。
なぜ、
宇宙大の意識を
制約しなければ
ならないのでしょう?
私たちは
一度なりとも
神から分離した
ことはありません。
私たちは
神の子なのです。
生きとし生けるもの
万有万物悉く
神の子なのです。
すべては
本来そのままで
奉仕と循環の
法則によって
同じ神の子同士
すべてが
関連しながら
生かされているのです。
数え切れない
ご加護を
受けながら
私たちは
生かされているのです。
それでは一体
人間は
何に奉仕しようと
しているのでしょう?
すべては
神の愛と調和の
中にあって
人間はそのバランスを
崩していただけなのでは
ないのでしょうか?
神が大きな愛と
調和でバランスを
取ろうとしているのに、
人間は
大気中は汚染するし、
自然は破壊するし、
人間同士でさえ
罵り、
けなしあい、
憎しみ合い、
悪口の言い合いを
してきました。
そして
宇宙にまで
影響を及ぼすような
核爆弾を
たくさん持っています。
もう、よしましょう!
意識を高め
視野を拡大させるのです。
神が大愛でなかったら、
とうに地球は
滅びています。
神は何一つ誰一人とも
裁くことはありません。
神の大愛によって、
いかに罪を犯そうが
気長に
私たちの罪を許して
くださっているのです。
神は
私たちを
裁いたことが
あるでしょうか?
人間は
自らが犯した罪は
自らが
刈り取っている
だけなのです。
神は慈悲深く愛深く、
永遠に私たちを
久遠の愛、
不変的愛によって、
許してくださって
いるのです。
神は愛であり
調和であります。
すべては
助け合い、
分かち合いなのです。
罵りや、悪口は
神から
離れている行為です。
それは、神を罵り、
悪口を言っている
ことと同じことなのです。
隣人も
神の子であるのです。
私たちも神の子です。
隣人を罵る者は
結局、自分自身を
罵っているのです。
すべては一つなのです。
神は大調和であり、
大愛であり、
到る所に
満ち満ちているのです。
『今日は残りの人生の最初の日』
今、この瞬間に
満ち満ちている
神の愛と調和を
我が意識として
高めていき、
視野を拡大できるのです。
それは既に
備わっている
真我なのです。
今、確かにあるのです。
大愛が備わっています。
大愛とは
真我に由来する
数多くの
特質を網羅している
力強い
エネルギーのことです。
そのエネルギーは
すべての存在達に
希望と確信を与え
抱擁し、
生かし育むところの
偉大なる意識であります。
この大愛を
こころの内部の
中心に置くことが
意識を高め
視野を
拡大することです。
2012年は
その意識を高め
視野を拡大し
日々の生活の中で
それを維持し続ける
ことこそ
私たちの
最優先の課題にして
いくことが
とても大事であると
思うのです。
生かしていただいて
ありがとうございます。
2012年1月5日木曜日
2012年始まっています!
新年あけまして
おめでとうございます。
2012年という年が
皆様にとって、
すばらしい一年と
なりますよう
祈りつつ
本日から
ランダムに
ブログの投稿を
始めたいと思います。
今年もお付き合いの程
よろしく
お願いいたします。
今年は早々に
昨年、
このブログにも
紹介させて頂いています
きくちゆみさんから
講演会のお知らせが
届いています。
是非、お時間と
興味のある方は
参加してください。
掲載します。
「2012年を脱原発元年に」と決意しているきくちゆみです。
311以来、福島の妊婦さんと子連れ家族を支援してきた「つなぐ光」(@沖縄)を支援する講演会を、脱原発世界会議の前日に港の見える丘公園の中にある神奈川近代文学館で開催します。講演会の収益は、「つなぐ光」に寄付させていただきます。
脱原発世界会議に参加するために、遠方から横浜まで出かける方が沢山この中にもいるかと思います。前日から入れば、以下のイベントにも参加して、福島の妊婦さんと子どもたちを支援することができます。
福島第一原発の最新情報を知りたい方は、広瀬隆さんが3時間たっぷりお話する夜の部へ、放射能汚染時代を生き抜く食や暮らしの工夫、ハワイ島でのエコビレッジ計画に興味のある方は、私が対話形式で行う昼の部へどうぞ。
<ポスト311・チャリティ講演会>
夜の部:広瀬隆講演会
「福島原発事故の真相と放射能汚染の恐怖 」
フライヤー:
http://www.harmonicslife.net/Blog/2011/20111201/Post311_TakashiHirose.pdf
311原発震災以降、政府、マスコミ、市民団体、独立 メディアの情報はまちまちで、何を信じていいのかわからなく なりつつあります。今、福島、そして東日本では何が起きていて、 私たちはどのように生きればいいのでしょうか。 30年以上の言論活動を通して原子力の危険性を指摘し、 原発震災に警鐘を鳴らし続けて来た広瀬隆さんの最新情報を 聴き、2012 年以降を生き抜く指針とするために、この講演会 を企画しました。
日時 :2012年1月13日(金)午後5時開演(4時半開場、8時半終演予定)
場所:神奈川近代文学館(港の見える丘公園内)
最寄り駅:みなとみらい線「元町・中華街駅」徒歩8分
地図:http://www.kanabun.or.jp/0g20.html
参加費:前売り券 2000円/当日券 2500円 (ローソンチケット L コード:37105)
昼の部:きくち ゆみ講演会
「原発止めて 地球と一緒に生きる」
フライヤー:
http://www.harmonicslife.net/Blog/2011/20111201/StopNuclearPower_LiveWithTheEarth.pdf
1998年から南房総の山間地で自給的な暮らしをしてきた きくち ゆみさんが、いよいよハワイ島にも自給暮らしの拠点を 創り始めました。脱原発世界会議に参加するために帰国している彼女の311以降とこれからの活動について話を聞き、いろいろ質問しましょう(質問タイムをたっぷりとっています)。
この講演会に参加すると得する人
*子どもを元気に育てたい人(赤ちゃん、子ども連れ歓迎!)
*子どもを産む可能性のある人
*自給的な暮らしに興味のある人
* ハワイ島に行きたい人・暮らしたい人
日時 2012年1月13日(金) 午後1時半開演 (1時開場、3時半終演予定)
場所 神奈川近代文学館(港の見える丘公園内)
最寄り駅:みなとみらい線「元町・中華街駅」徒歩8分
地図:http://www.kanabun.or.jp/0g20.html
参加費 : 前売り券1500円/当日券2000円 (ローソンチケット L コード:37105)
*お近くにローソンがない方は、メールで事前申し込みして下さい。前売り価格でご入場いただけます。
申し込み専用メール:rawinfo@harmonicslife.net
メールのタイトル:ポスト311・チャリティ講演会(昼)(夜)(両方)
とし、お名前、連絡先(電話)、チケットの種類と枚数をご明記下さい。
2012年がターニングポイントとなって世界の脱原発が進み、持続可能な社会があちこちで誕生しますように!
まずや食とエネルギーの地域自給から始めましょう。
きくち ゆみ
また。
きくち ゆみさんの
ご主人の
森田 玄さんからも
新年の挨拶と
「神との対話」の
著者である
ニール・ドナルド・
ウォルシュさんからの
年頭のメッセージを
送ってくれました。
それも紹介します。
森田 玄さんに
ついては
昨年の
私のブログでも
紹介していますので
そちらも参考にして
ください。
10月14日掲載
「生命の無限のゲーム」
新年のメッセージ
2012年1月1日
みなさま、新年明けましておめでとうございます。
昨年は、日本が未曾有の大災害に見舞われ、だれもが辛い経験を強いられました。それを今年は再生の踏み台としたいです。
「神との対話」の著者であるニール・ドナルド・ウォルシュさんが年頭のメッセージを送ってくれましたので、みなさんと共有したいと思います。
2012年1月1日
人類はいま自己再生を願ってやみません。それはどこにでも感じられるでしょう。その空気をあなたも感じられるはずです。人々が待ち望んでいるのは誰かが立ち上がって道を示してくれることです。口火を切ってくれる誰かです。最初のドミノを倒す人です。
でも、ひとつ明確なことがあります。ひとりの救世主の時代は終わりました。いま必要なのは共同行動、力を合わせた活動、全員参加の共同創造です。いま必要とされているのは一人の人間だけではなく、家族やコミュニティや社会で、その時その場で変化をもたらす仕事を引き受ける”その人”にたくさんの人間が進んでなることなのです。
ニール・ドナルド・ウォルシュ 『新しい啓示』より
如何でしたでしょうか?
そして
まさしく
ニール・ドナルド・
ウォルシュさんが
仰っている
その時その場で
変化をもたらす仕事を
既に引き受けている
“その人”と
呼ぶにふさわしい
森安英憲さんから
昨年末にメールが
届いています。
それも下記のように
快く掲載許可を
頂きましたので
紹介させて
いただきます。
まず、
掲載許可のメールです。
『こんにちは。ブログ毎日拝読しております。
私のメールなら今後も全部自由に使ってください。
これは私の言葉ではなく、宇宙の真理を毎日私に伝えてくれる使徒達の言葉ですから。
自分に足りないものは、自分以外のすべてのものだと気づかせてくれたみなさまに感謝申し上げます。
みなさまよいお年を。みなさまの幸せが私の幸せです。
森安 英憲』
そして下記が
昨年末に
届けられた
メールです。
『こんばんは。会社の納会も終わり、ほぼ全社員が帰った後の時間です。
ブログへの掲載ありがとうございます。
大山会長が若い頃、お坊さんから与えられた啓示を読みました。
人の生きる喜びは
・愛されること
・ほめられること
・必要とされること
・役に立つこと
このうち、愛されること以外の3つは、働くことによって得られるのだと。
そうなんですね。施設で大事にされればいいのでは?と思ってしまうところですが、本人からすれば、主体として認められない自分って何?ということですよね。それは障害のあるなしではなく、人としてみな同じことです。
もう50年も前のことですから時代も違うし、働くという言葉の定義も違うのでしょう。私は4つすべては同じものであり、働くことによって得られると思っています。
添付は私たちの会社を報じる記事です。「職場とは、すべての人が自分にふさわしい役割を果たすところ」という私の言葉には、次のような思いがあります。
人はみな、使命(役割)を持って生まれてくるのだと思います。私にとって、「働く」とは、会社や施設で生産活動をすることだけではなく、すべての人が、自分の役割を果たすことが「働く」ということだと思っています。
重い障害や病気の人は「役にたたない」と言われる世の中だけど、障害や病気もこの社会に必要なもので、それをみんなのために引き受ける役割を果たしています。
みんなが自分の役割を果たす社会。それは、みんながお互いの役割を知る社会。自分に足りないものは、自分以外のすべてのものだと知る社会。みんなが、すべては自分の一部でありみんなで一つの命だと知る社会。
それは必然的に、お互いに愛し・ほめ・必要とされ・役に立つ関係です。
障害があってもがんばって役に立つとか愛されるとかいうことではありません。
一つの命を、みんなで役割をもって生きる。ただそれだけのことです。
人だけではなく、地球や宇宙のすべてのものがそうなのだと思います。
私は4つは同じものだと思うから、ひとこと「愛」だと。
障害のあるみんなは、そう教えてくれました。
私は人からバカにされることが多いですけど、より宇宙の真理に則して生きるみんなが教えてくれたことだから、それが正しいのだと思います。
年末ぎりぎりまでお騒がせしました。ブログでとても貴重なお話をとんでもない量(笑)読ませてもらって、光を感じています。ありがとうございます。
---
森安 英憲』
森安さんが
添付して下さった
奈良新聞の
森安さんを
報じる記事には、
下記のように
紹介されていました。
抜粋させて
いただきます。
“対等な視線で築く信頼”
立積住備工業
取締役管理部長
森安 英憲さん
『3年前、偶然の出会いから
県内の特別支援学校を訪問した。
迎えてくれたのは、優しく、
かわいい子どもたち。接する
うち、いつしか心の壁も
消えていた。
「『障害』は私たちの社会が
つくっているもの。これからは、
この子どもたちを幸せにする
仕事をしたい」。この熱意で
会社を動かし、生徒の実習
受け入れ、知的障害者雇用と
進めてきた。
平成19年7月、初の実習。
安全面の危惧から
[管理職が交代で見守る]という
条件が付いたが、幹部社員が
生徒たちの働く姿に直接
触れたことは社内の理解を
進める力になった。
20年2月、「雇用第一号の
松本留美さん(33)=県立
高等看護学校出身=が入社。
松本さんは当初、作業の習得に
時間がかかったが「絶対、
あきらめない」という気持ちで
仕事をマスター。
今、生き生きと働く。
森安さんは実習生や障害ある
社員との日常的な
コミュニケーションやさりげない
見守りを欠かさないが、それは
「特別扱い」とは違う。
「信頼関係の中でこそ安心して
働ける。それは誰しも同じはず。
ただ、サポートの必要な度合いが
違うだけ」。
あくまで対等な視点の根本には
「職場とは、
すべての人が
自分にふさわしい
役割を果たすところ」
という理念がある。
森安さんは職場での実践から、
さらに広く社会に思いを伝える
活動を続けている。』
如何だったでしょうか?
今年も
森安 英憲さんや
きくち ゆみさん
森田 玄さん夫婦や
山元加津子さん達の
活動を多く
紹介したいと思います。
それは、
読者の皆様
一人ひとりが
創造の担い手として
立ち上がる縁となると
思うからなのです。
今年も一年
よろしくお願いいたします。
共有、ありがとうございます。
おめでとうございます。
2012年という年が
皆様にとって、
すばらしい一年と
なりますよう
祈りつつ
本日から
ランダムに
ブログの投稿を
始めたいと思います。
今年もお付き合いの程
よろしく
お願いいたします。
今年は早々に
昨年、
このブログにも
紹介させて頂いています
きくちゆみさんから
講演会のお知らせが
届いています。
是非、お時間と
興味のある方は
参加してください。
掲載します。
「2012年を脱原発元年に」と決意しているきくちゆみです。
311以来、福島の妊婦さんと子連れ家族を支援してきた「つなぐ光」(@沖縄)を支援する講演会を、脱原発世界会議の前日に港の見える丘公園の中にある神奈川近代文学館で開催します。講演会の収益は、「つなぐ光」に寄付させていただきます。
脱原発世界会議に参加するために、遠方から横浜まで出かける方が沢山この中にもいるかと思います。前日から入れば、以下のイベントにも参加して、福島の妊婦さんと子どもたちを支援することができます。
福島第一原発の最新情報を知りたい方は、広瀬隆さんが3時間たっぷりお話する夜の部へ、放射能汚染時代を生き抜く食や暮らしの工夫、ハワイ島でのエコビレッジ計画に興味のある方は、私が対話形式で行う昼の部へどうぞ。
<ポスト311・チャリティ講演会>
夜の部:広瀬隆講演会
「福島原発事故の真相と放射能汚染の恐怖 」
フライヤー:
http://www.harmonicslife.net/Blog/2011/20111201/Post311_TakashiHirose.pdf
311原発震災以降、政府、マスコミ、市民団体、独立 メディアの情報はまちまちで、何を信じていいのかわからなく なりつつあります。今、福島、そして東日本では何が起きていて、 私たちはどのように生きればいいのでしょうか。 30年以上の言論活動を通して原子力の危険性を指摘し、 原発震災に警鐘を鳴らし続けて来た広瀬隆さんの最新情報を 聴き、2012 年以降を生き抜く指針とするために、この講演会 を企画しました。
日時 :2012年1月13日(金)午後5時開演(4時半開場、8時半終演予定)
場所:神奈川近代文学館(港の見える丘公園内)
最寄り駅:みなとみらい線「元町・中華街駅」徒歩8分
地図:http://www.kanabun.or.jp/0g20.html
参加費:前売り券 2000円/当日券 2500円 (ローソンチケット L コード:37105)
昼の部:きくち ゆみ講演会
「原発止めて 地球と一緒に生きる」
フライヤー:
http://www.harmonicslife.net/Blog/2011/20111201/StopNuclearPower_LiveWithTheEarth.pdf
1998年から南房総の山間地で自給的な暮らしをしてきた きくち ゆみさんが、いよいよハワイ島にも自給暮らしの拠点を 創り始めました。脱原発世界会議に参加するために帰国している彼女の311以降とこれからの活動について話を聞き、いろいろ質問しましょう(質問タイムをたっぷりとっています)。
この講演会に参加すると得する人
*子どもを元気に育てたい人(赤ちゃん、子ども連れ歓迎!)
*子どもを産む可能性のある人
*自給的な暮らしに興味のある人
* ハワイ島に行きたい人・暮らしたい人
日時 2012年1月13日(金) 午後1時半開演 (1時開場、3時半終演予定)
場所 神奈川近代文学館(港の見える丘公園内)
最寄り駅:みなとみらい線「元町・中華街駅」徒歩8分
地図:http://www.kanabun.or.jp/0g20.html
参加費 : 前売り券1500円/当日券2000円 (ローソンチケット L コード:37105)
*お近くにローソンがない方は、メールで事前申し込みして下さい。前売り価格でご入場いただけます。
申し込み専用メール:rawinfo@harmonicslife.net
メールのタイトル:ポスト311・チャリティ講演会(昼)(夜)(両方)
とし、お名前、連絡先(電話)、チケットの種類と枚数をご明記下さい。
2012年がターニングポイントとなって世界の脱原発が進み、持続可能な社会があちこちで誕生しますように!
まずや食とエネルギーの地域自給から始めましょう。
きくち ゆみ
また。
きくち ゆみさんの
ご主人の
森田 玄さんからも
新年の挨拶と
「神との対話」の
著者である
ニール・ドナルド・
ウォルシュさんからの
年頭のメッセージを
送ってくれました。
それも紹介します。
森田 玄さんに
ついては
昨年の
私のブログでも
紹介していますので
そちらも参考にして
ください。
10月14日掲載
「生命の無限のゲーム」
新年のメッセージ
2012年1月1日
みなさま、新年明けましておめでとうございます。
昨年は、日本が未曾有の大災害に見舞われ、だれもが辛い経験を強いられました。それを今年は再生の踏み台としたいです。
「神との対話」の著者であるニール・ドナルド・ウォルシュさんが年頭のメッセージを送ってくれましたので、みなさんと共有したいと思います。
2012年1月1日
人類はいま自己再生を願ってやみません。それはどこにでも感じられるでしょう。その空気をあなたも感じられるはずです。人々が待ち望んでいるのは誰かが立ち上がって道を示してくれることです。口火を切ってくれる誰かです。最初のドミノを倒す人です。
でも、ひとつ明確なことがあります。ひとりの救世主の時代は終わりました。いま必要なのは共同行動、力を合わせた活動、全員参加の共同創造です。いま必要とされているのは一人の人間だけではなく、家族やコミュニティや社会で、その時その場で変化をもたらす仕事を引き受ける”その人”にたくさんの人間が進んでなることなのです。
ニール・ドナルド・ウォルシュ 『新しい啓示』より
如何でしたでしょうか?
そして
まさしく
ニール・ドナルド・
ウォルシュさんが
仰っている
その時その場で
変化をもたらす仕事を
既に引き受けている
“その人”と
呼ぶにふさわしい
森安英憲さんから
昨年末にメールが
届いています。
それも下記のように
快く掲載許可を
頂きましたので
紹介させて
いただきます。
まず、
掲載許可のメールです。
『こんにちは。ブログ毎日拝読しております。
私のメールなら今後も全部自由に使ってください。
これは私の言葉ではなく、宇宙の真理を毎日私に伝えてくれる使徒達の言葉ですから。
自分に足りないものは、自分以外のすべてのものだと気づかせてくれたみなさまに感謝申し上げます。
みなさまよいお年を。みなさまの幸せが私の幸せです。
森安 英憲』
そして下記が
昨年末に
届けられた
メールです。
『こんばんは。会社の納会も終わり、ほぼ全社員が帰った後の時間です。
ブログへの掲載ありがとうございます。
大山会長が若い頃、お坊さんから与えられた啓示を読みました。
人の生きる喜びは
・愛されること
・ほめられること
・必要とされること
・役に立つこと
このうち、愛されること以外の3つは、働くことによって得られるのだと。
そうなんですね。施設で大事にされればいいのでは?と思ってしまうところですが、本人からすれば、主体として認められない自分って何?ということですよね。それは障害のあるなしではなく、人としてみな同じことです。
もう50年も前のことですから時代も違うし、働くという言葉の定義も違うのでしょう。私は4つすべては同じものであり、働くことによって得られると思っています。
添付は私たちの会社を報じる記事です。「職場とは、すべての人が自分にふさわしい役割を果たすところ」という私の言葉には、次のような思いがあります。
人はみな、使命(役割)を持って生まれてくるのだと思います。私にとって、「働く」とは、会社や施設で生産活動をすることだけではなく、すべての人が、自分の役割を果たすことが「働く」ということだと思っています。
重い障害や病気の人は「役にたたない」と言われる世の中だけど、障害や病気もこの社会に必要なもので、それをみんなのために引き受ける役割を果たしています。
みんなが自分の役割を果たす社会。それは、みんながお互いの役割を知る社会。自分に足りないものは、自分以外のすべてのものだと知る社会。みんなが、すべては自分の一部でありみんなで一つの命だと知る社会。
それは必然的に、お互いに愛し・ほめ・必要とされ・役に立つ関係です。
障害があってもがんばって役に立つとか愛されるとかいうことではありません。
一つの命を、みんなで役割をもって生きる。ただそれだけのことです。
人だけではなく、地球や宇宙のすべてのものがそうなのだと思います。
私は4つは同じものだと思うから、ひとこと「愛」だと。
障害のあるみんなは、そう教えてくれました。
私は人からバカにされることが多いですけど、より宇宙の真理に則して生きるみんなが教えてくれたことだから、それが正しいのだと思います。
年末ぎりぎりまでお騒がせしました。ブログでとても貴重なお話をとんでもない量(笑)読ませてもらって、光を感じています。ありがとうございます。
---
森安 英憲』
森安さんが
添付して下さった
奈良新聞の
森安さんを
報じる記事には、
下記のように
紹介されていました。
抜粋させて
いただきます。
“対等な視線で築く信頼”
立積住備工業
取締役管理部長
森安 英憲さん
『3年前、偶然の出会いから
県内の特別支援学校を訪問した。
迎えてくれたのは、優しく、
かわいい子どもたち。接する
うち、いつしか心の壁も
消えていた。
「『障害』は私たちの社会が
つくっているもの。これからは、
この子どもたちを幸せにする
仕事をしたい」。この熱意で
会社を動かし、生徒の実習
受け入れ、知的障害者雇用と
進めてきた。
平成19年7月、初の実習。
安全面の危惧から
[管理職が交代で見守る]という
条件が付いたが、幹部社員が
生徒たちの働く姿に直接
触れたことは社内の理解を
進める力になった。
20年2月、「雇用第一号の
松本留美さん(33)=県立
高等看護学校出身=が入社。
松本さんは当初、作業の習得に
時間がかかったが「絶対、
あきらめない」という気持ちで
仕事をマスター。
今、生き生きと働く。
森安さんは実習生や障害ある
社員との日常的な
コミュニケーションやさりげない
見守りを欠かさないが、それは
「特別扱い」とは違う。
「信頼関係の中でこそ安心して
働ける。それは誰しも同じはず。
ただ、サポートの必要な度合いが
違うだけ」。
あくまで対等な視点の根本には
「職場とは、
すべての人が
自分にふさわしい
役割を果たすところ」
という理念がある。
森安さんは職場での実践から、
さらに広く社会に思いを伝える
活動を続けている。』
如何だったでしょうか?
今年も
森安 英憲さんや
きくち ゆみさん
森田 玄さん夫婦や
山元加津子さん達の
活動を多く
紹介したいと思います。
それは、
読者の皆様
一人ひとりが
創造の担い手として
立ち上がる縁となると
思うからなのです。
今年も一年
よろしくお願いいたします。
共有、ありがとうございます。
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