2011年12月26日月曜日

“森安さんからの学び”


12月24日のブログ
メリークリスマス
予告しておりました。
森安英憲さんから
掲載許可を
いただきましたので、
紹介させて
いただきます。

森安さんは
私が毎日愛読している
山元加津子さんの
「宮ぷー こころの架橋
プロジェクト」の
メルマガ上で

森安さんの
講演の内容を
紹介されていました。

それを読ませて
頂きまして
あまりにも
感動しまして涙を
流してしまいました。

是非、ブログの
読者の皆様にも
知って頂きたいと思い
森安さんに
お断りも無く

「宮ぷー こころの架橋
プロジェクト」の
メルマガの紹介と同時に
掲載してしまいました。

その後
森安さんに
事後承諾に
なりましたが
快く了解を頂き、
良かったと
思っています。

読まれていない方は
8月20日号ブログ
是非、読んでください。
また、8月24日号
佐和さんからの学び!
8月26日号
森安さんからのメール」も
併せてご覧ください。

それでは
お待たせしました。
森安さんからの
メールです。

『こんにちは。お久しぶりです。
ブログ拝見しています。
難しい文章が多く結構骨が折れます 笑。

私も幼少のころから、父母に、
いまだ木鶏たりえず
鶏口となるとも牛後となるなかれ、
など難しい言葉を聞かされてきました。
何千年も前の人が残した比ゆだと思いますが、
人のありようを知らなければ
言えない言葉だと思います。

私は経理の仕事をしています。
経理とは、会社の仕事を効率よく合理的に
するための情報分析・提供をする仕事だと、
長年信じ込まされてきました。

知的障害のある子どもたちと出会ってから、
この社会の本質を教えられるようになりました。

今や、金勘定は、最も非効率で
不合理な社会を作るためのものだと思っています。
私は、人はそんなにバカじゃないはずだと思いますが、
人の心をコントロールしている力があるのでしょうか?

競争とは力を殺ぎあうためのもの。
みんなが一つになれば、力は有り余るものです。

金勘定という概念がなくなる社会を作りたいと思います。

お金を媒介にしなければ何も動かない社会。
お金は媒介ですから、なくても同じことはできるはずです。
お金がなければ、銀行は全部つぶれます。
失業?そんなわけないですよね。
無用の仕事がなくなったらそれこそ効率的ですよね。
飯が食えない?分け合えば有り余るでしょう 笑。

この社会で価値が高いと思われていることほど、
無用のものであると私は思います。

さて、私たちの会社では知的障害のある社員が多くいて、
大活躍をしてくれています。
いっしょにいる私たちは、
「彼らは私たちに欠けている私たちの一部なのだ」
とわかっているのですが、
一歩外から見る人などは「あれ(私のこと)はアホだ」と。

「障害者など雇って生産性落として、
どれだけ余計なコストをかけているのか見せろ」という圧迫も。
ところが、障害者の多くいる職場ほど、
職場の改善が進み、最も高効率であることが証明されるのです 笑。
それでも人は変われない。

30年来、地元でも何をやっている会社か
知られていなかった私たちの会社が、
最近では地域から年間何十回も見学に来られます。

見た人はみんな変わっていく。頭でしか考えない人は変われない。
私はそのはざまにいて、会社のためではなく、
社会のために仕事をしようと思います。
本当はこんな区別はおかしいですけどね。
どちらも同じもののはずですから。
これが通用しないなら、会社は反社会存在だということになります 笑。

冬、ふと陽だまりのあたたかさに気づきます。
そこにはすべてがあると思います。

今年も1年お世話になりありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。』
掲載了

どう感じられました
でしょうか?

森安さんは
こう仰いました。

『競争とは
力を殺ぎあうためのもの。
みんなが一つになれば、
力は有り余るものです。

金勘定という概念がなくなる
社会を作りたいと思います。』

24日のブログで
紹介しました
日本理化学工業の
会長である
大山さんも
やはり森安さんと
同じように
知的障害の方と共に
仕事をされている方です。

大山さんは
たまたま法事で
出会ったお坊さんから

『人間の究極の幸せは、
愛されること、
褒められること、
役に立つこと、
人に必要とされる
ことの4つです。
愛されること以外は、
働いてこそ得られます』
と聞いて気づきました。

そして
人間の幸せを
かなえられるのが
会社なら、
知的障害者を一人でも多く
雇用しようと
考えるようになりましたと
仰っています。

それ以降
工場見学に来る
小学生や中学生の
子どもたちが来ると

「働くって、
どういうこと?」と
投げかけて
みるのだそうです。

すると全員が
「会社に行っておカネを
もらうことです」と
答えるのだそうです。

子どもたちは
私たち大人が
言ったり考えたり
していることを
言っているのに
過ぎないのですが、
ここにも
金勘定という概念が
蔓延しています。

大山さんは
その時、
法事の時の
お坊さんから
聞いた言葉を
伝えるのだそうです。

「働くとは、
人に必要とされ、
人の役に立つことだと
思います」と。

大山さんも
森安さんも
知的障害者という
くくりで

社会が勝手に
決めつけられている
方たちと
働くことによって
人間の本質を
掴まれた方々だと
思います。

知的障害者と
呼ばれている方たちこそ
本質において
健常者であり

私たちの方が
本質においての
障害を持っています。

知的障害者と
呼ばれている方々は
常に真我から
語り表現しています。
神の心のままに

森安さんが
指摘されるように
私たちは
金勘定や物質や
単なる効率や
生産性やコストとか
いう訳の解らないもので
分析などという
あたたかくない言葉で
人や物事を
分け隔てています。

自我による
どんなことも
偽者なのです。

偽者こそ
現象だけに
囚われています。
それこそ
障害者なのです。

私はこのブログで
真なるリーダーシップを
学ぶ意味で
『呻吟語』からの学び
紹介しました。
その中にも出ていますが

リーダーが
人を使うときの
重要な心がけとして
「相手の能力を引き出す」
という箇所があります。

「駱駝(らくだ)は
百鈞もの重さを
背負うことができるが、
蟻はわずか
一粒のものしか
背負うことができない。
それで駱駝も蟻も
全力をつくして
いるのである。

象は数石もの
水を飲みほすが、
鼠はわずか
一勺の水しか
飲むことができない。
それで象も鼠も
腹一杯に
飲んでいるのである。

君子が人を使う場合、
必ずしも同じような
実績を期待しない。
相手がそれぞれの長所を
発揮できるように
しむけるのである。」


このように
人にはそれぞれに
すばらしい特性が
備わっています。
その特性をきちんと
見て、適材適所に
配置するのが
リーダーとして
とても必要なことです。

それが真なる
仕事なのです。
その適材適所を
正しく見ないで

一番大事な仕事を
怠っている人程
効率や生産性や
コストとか
金勘定を言うのです。

森安さんが
森安さんのメールを
掲載許可を
して頂いた返信の
メールも紹介させて
いただきます。

「うちの職場を見ていると本当に面白いです。例えば、2名のペア作業。2つの作業内容を二人でするのですが、ひとりは「作業1」しかできない。他方は「作業2しかできない」。ところがふたりがそろえば、まるでプロフェッショナルのように仕事ができるわけです。

ふたりチェンジしたら、できない。

ホームランバッターにバントをさせてもうまくいかないし、バントの名手にホームランを打てといっても打てない。バントの名手がバントを決め、ホームランバッターがホームランを打てば大量点が取れる。

生産性を低下させるものは、能力の高い低いではなく、能力に見合わない仕事をさせることです。

日本理化学工業の大山会長は本でしか拝見したことがありませんが、50年来こんな立派な仕事をして来られたのに、日本はちっとも変わっていないのだと思います。テレビでも紹介されても、みんな感動はしても行動はしない。

いや、昭和初期から、「この子らを世の光に」と提唱し実践してこられた糸賀一雄先生も日本にはいらっしゃいます。

日暮れて道遠しの感がありますが、でも私はきっと変われると思います。時代が変わってきたと思うから。宇宙のエネルギーが確かに変わってきたと思うから。

陽だまりの暖かさのように、本当に大切なことは、いつも目の前にあるいちばん簡単なことだと思います。

ありがとうございました。」

いかがでしょうか?
本物のリーダーが
語る言葉を
聞いて頂けたでしょうか

『今日は残りの人生の最初の日』

私も日本は
変われると思います。
山元加津子さんや
森安英憲さんや
大山泰弘さんのような方が
居られるから

知的障害者と
呼ばれる方々に
認められている方たちです

知的障害者と
呼ばれている方々が
お墨付きを出すのです。

彼らの本質よりの
純粋性は

私たちも本質から
接しない限り
見透かされて
しまいます。

知的障害者と
呼ばれている方々の
前にたって
恥ずかしくない
本当の自分を
発見しようでは
ありませんか!

共有ありがとうございます。

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