2012年6月30日土曜日

「幸せ気分」


いつもこのブログで
紹介させていただいています
山元加津子さんの
「宮ぷー心の架橋プロジェクト」に
雪絵ちゃん(笹田雪絵さん)の本を
想いだしながら書いた
去年の日記を紹介してくれました。
素晴らしい気づきを
提供してくれます。
是非、共有してください。
雪絵ちゃんは同じ
魔女の翼:から  
「お日様気分」というエッセイも
出しています。
定価1,000円(税込)

2011/6/3
雪絵ちゃんの本「幸せ気分」
(魔女の翼TEL052-871-3009)は、
本屋さんには並ばない本ですが、
すごくたくさんの方に愛されています。
その本の元になったのは
仲間と一緒に手作りした
雪絵ちゃん手書きの
紫色の「幸せ気分」という冊子でした。
今日は本棚を少し整理していたら、
その本が目について、手にとりました。
ぱっと開いて読んだいくつかのエッセイ。
偶然に開いたページからだけでも、
はっと気がつかされることがいっぱいあって、
体の中に雪絵ちゃんの存在が
広がるような気持ちになります。

雪絵ちゃんとは、慢性の病気を持っていて、
そのために地域の学校に通うことが難しいお子さんが
通っている病弱養護学校で出会いました。
雪絵ちゃんは中学二年生のときに、
多発性硬化症(別名MS)を発病しました。
熱が出て、手や足が思うように動かなくなったり
目が見えにくくなったりしました。
しばらくするとだんだん見えるようになって、
手足が動くようになりましたが、
雪絵ちゃんの場合は再発を繰り返して、
しずつ症状が重くなっていきました。
でも、同じMSでも、一度発病しても、
それから発病しなかったり、軽い経過をたどる方も
たくさんおられるように聞いています。

手作りの「幸せ気分」から文章を拾いました。
・・・・・
『楽しい悲しみ
悲しい事やつらいこと、悩みがあるのは、嫌だけど、
これらをちゃんと通らないと前へは進めない。
明日は来ない。前へ進みたい。だから喜んで悲しみます。
何日か後に、いい事が待機しているかもしれない。
そうに決まってる。
だから、今日は悲しい事があったけど、
とりあえず私のことを待っててくれている
いい日のために通過しておかないといけない。
楽しみながら、明日を期待しながら悲しむよ。
なんか明日はいい事ありそう。

・・・・・
いいの?
隣に入院していた人とは3週間くらい一緒でした。
とても気が合い、良く話をしたり、笑ったりしてたため、
3週間の入院生活は楽しすぎるくらい楽しく過ごせました。
入院してそこで初めて出逢って、
たった3週間だけ一緒にいただけなのにその人
私の身体をすごく心配してくれて真剣に身体、
もっとよくなるといいなあとよく言っていました。
そしてある日、突然、
「ねえ、私の目あげることできないかな?」
と言いました。
 どうして?この間逢ったばかりの私に、
目をあげるってどうして言えるの?
もらったりすることのできない目だけど、
気持ちがすごく嬉しくてたまりませんでした。
査しても良くなっていないけど、
私の目どんどん強く元気になっていってるんだよ。
私の目って幸せ者でしょ。

・・・・・
届くよ
好きなこと自由に書いていいというノートが
(病院に)ありました。
そのノートを見ると死にたい、死にたいと
たくさんの人が書いていました。
もう嫌だ、情けないよとか。
でもたくさんの人の死にたいを読んでいるうちに、
この人たちは皆死にたいのではなくて
生きたいんだと思いました。
助けて!元気になりたい。私生きたい。
そう言ってるのだと思うのです。
誰かに死にたいと言える人は素敵です。
精一杯生きてる人です。自分を大切に想ってる人です。
元気になりたくて、誰かの助けがほしくて
んでるのだと思うのです。
その声必ず助けてくれる人に届くはず。
だからもっと言ってね。伝えてね。

・・・・・
もっと自由に
私はもっと自由になりたい。
(みんなわたしに)
遠慮せずなんでも頼んでねと言うけど、
(わたしが)何かしてるとき、
遠慮せずに言ってくれればいいのにと言うけど、
私は遠慮しているわけではないのです。
何かをしてもらうと言うことは、
その人がいなければいけないって事です。
たとえばりんごを食べたくても
皮をむくことが出来なかったら、
誰かにお願いするしかありません。
でも皮をむくことを覚えたらこれから
誰かを待たずに食べたい時に
自由にりんごを食べることが出来ます。
遠慮して自分で皮をむくのではなく、
自由になりたくて皮をむくのです。
出来ることをどんどん「遠慮しないで」という
言葉でうばわれていくのは嫌です。
すこしでも可能性のあることはやってみたいのです。
だめかもしれない。
でもできるかもしれない、
できたら、またひとつ自由な世界が広がるのです。
なんだってやってみないと分からないもん。
もちろん出来ないことや、
やって欲しいことはお願いします。
そういう時の遠慮しないでねという言葉はうれしい。
つらそうに何かしてても顔が笑っていたら
それは楽しんでいる時です。
大変そうに見えるけど、
無理してるように見えるけど、
私、自由を楽しんでるんだよ。

・・・・・
幸せ気分
私の病気は前触れもなくやってきます。
前の日元気だったのに朝起きたら、
目が、足が・・・という感じです。
だから私はいつ再発しても後悔しないように
毎日思いっきり生きていたいなって思っています。
誰かに評価してもらうのではなく、
自分なりの精一杯を、思いっきり楽しくすごす方法を・・。
急ぐことや決まり事、そして慌てて
何かすることが少々苦手な私なので、
今日できることは今日するではなくて、
今日できなかったら、
明日すればいいというのが雪絵流です。
こっちの方が気楽でかえって
なんでもできてしまうので、不思議。

そしてとりあえず、明日は寝ててもいいから・・・・
今日だけがんばるの。
そう思うとじゃあ今日だけ一生懸命っていうの
やってみようかなって思う。
そして元気なうちにばかしちゃえーって思う。
入院してからでは手も足も出ないもん。
今の内にやっちゃえ、
倒れてからではばかしたくても出来ない。
ばかなこととは挑戦したいこと。
やりたいけどちょっと不安。
でもやりたい・・・と思ったらすぐ
えーいばかしちゃえー。
私が何したって世の中にとってはちっぽけなことで、
全国ニュースになる訳ではないんだからと思うのです。
当たり前ですよね。元気なうちに恥かいて傷ついて
いっぱいばか(挑戦)しちゃえって思うのです。
出来るうちにやらなきゃ。

この広い世界、たくさんいる人、人、人。
私はその中のたった一人。
私一人ぐらい何したっていいじゃない。
泣いたって笑ったって転んだって、
杖だって車椅子だって、なんだっていいような
気がしてくるのです。
悩んでる時にそう思うと、
悩んでいる自分がばかばかしく
思えてくるときがあります。
たーくさんの人の中の一人、
ねっ、ちっぽけでしょう?
平気、平気。やっちゃえー!
どんなに勇気がいることでも、
恥かくかもってことでも、
全国ニュースにならないって。 

 そしてずっと悩み続けてきた
薬のせいでなるまんまるな顔。
自分でも太った、丸いとうるさいくらい
言ってた時期がありました。
でもある日私の顔が丸いからといって
困るのは誰かなと思ったのです。
そしたら太って困るのは、
こーんなに広い世界で、
私たった一人だけだったんです。
私以外の全ての人は私の顔が太ってても細くても
係なかったんですよね。
なんだか自分一人のために
さわいでいたのかと思うと
ちょっとあきれてドッと疲れてしまいました。
でもまん丸顔が嫌でどうしようもないとき、
ある人がいいことを教えてくれました。
世の中にはきれいな顔の人がいる。
でもいい顔の人もいるよって。そうなのです。
生き生きとしてる人の顔ってすごく素敵だし、
格好いいし、いい顔って思う。
私それ聞いたとき、まんまるでもいい。
私いい顔の人めざそうと思いました。
そしてもう一人の友達が、
悩んでいる私に太ってても
きれいで素敵な笑顔は作れるよって言ってくれました。
太ってても笑えるんです。
二つとも素敵な言葉です。
私は今いい顔、
そして素敵な笑顔をめざしています。

 自分に自信をもって生きていきたい。
自信って自分を信じることなんだって。
私は自分を信じてるし、信じたいし、信じていく。
時々みすてたくなるけれど私は自分を信じぬく。
これから何がおこっても大丈夫。そう信じられる。
時々どこからか湧いてくるすごい自信があります。
私に出来ないことがあるわけじゃない。
なんだって出来るんだからって。
すごい自信です。

 いろいろ書いてて楽しかった。
はじめ何か書いてって言われたとき、
うまく自分の言葉で書けなくて
きれいにしすぎてしまったのです。
読んでみてあきれるくらい。
ぐだめだと思いやめ、
すこししてまた書いて、またやめて、
5回ほどそういうことをしていました。
そしてとうとうやめようって思ったのです。
私、欲張りだったのです。
たくさんのひとに・・・
と思ってしまっていたのです。
もう書くのやめてもし嬉しいことがあったら
その話をしたい人にして、
聞いてほしい人に聞いてもらって、
と相手の人との間でその時の素直な言葉で
話せばいいって思ったのです。
嬉しい話を沢山の人にではなく、
その時話したい人に一緒に喜んでくれる人にと。
そう思い、書くのをやめるって決めたのです。

でもね、そう決めて
2,3日後にすーっと書けたのです。
いい文章とはいえないし、
言葉も変だったりするけど書こう、
書こうって思ってではなく、
楽しく書けたのです。
きっと今でもうまく書けなかったのは
欲張った心のせいかなと思います。
本当に欲張った嫌な文だったもん。
そのかわり、今のも
決してうまく書けてるとは言えないし、
私の言葉でちょっと読みにくいところも
いっぱいだと思うけど、
でもね、すごく楽しかったの。
嬉しかったの。
読んでくれた人が本の全てを
うんうんってうなづいてくれなくてもいいの。
でも一つでもほんの一言でも、
ちょっとでも、
うんって言ってくれたら、
私、嬉しくてどうしていいか分からず泣いちゃう。
感動で心臓爆発しちゃう。

 本を作るということだけでなくて、
誰かと知らない誰かと一緒に喜びたかったの。
読んでくれた人誰かと・・・。
その声は直接私に届かなくてもいいの。
きっときっと通じると思うので、
本(雪絵)と読んでくれた人と
一緒にすごす時間があっただけでも最高。
「私だけ」でなく
「読んでくれた人だけ」でなく一緒がいいの。
一緒が。私、
命のある限り、
この世にデェーンと居座って
おいしい空気吸って
空を見上げてみんなと一緒に
ずっとずーっと幸せ気分でいたいな・・・。
ありがとう。 
・・・・・』


以上です。
如何でしたでしょうか?
雪絵ちゃんは
12月28日、雪がたくさん
降っているときに
生まれました。
そして、
12月26日に亡くなりました。
27日がお通夜
28日が雪絵ちゃんの
お葬式でした。
雪絵ちゃんは
生まれるときも
亡くなるときも
自分で決めてきました。
山元加津子さんは
最後にこう記しています。

「きっと人は亡くなっても
それで終わりではないのですね。
雪絵ちゃんはいつも
私たちに元気をくれたり、
勇気をくれたり、
大切なことに
気がつかせてくれたりします。
のそばにも、それから、
実際に会ったことのない人のそばにも、
雪絵ちゃんはいつも
いてくれている気がします。
そして、なんだか私は神様が、
雪絵ちゃんを天使みたいに愛して、
雪絵ちゃんを通して、みんなに
「誰もが素敵で大切なんだよ。
みんなひとりひとり、
必要でここにいるんだよ」
と教えてくださっているように
思えてならないのです。」

加津子さんが書いた
文章があります。
とても涙なくして
読めません。
是非、読んでください。

http://www005.upp.so-net.ne.jp/kakko/eigoyukie/yukiechanswish2.html


「今日は残りの人生の最初の日」

今日も感動から
一日が始まります。

生かしていただいてありがとうございます。

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