2011年12月6日火曜日

「リーダーとしての資質とは!」

中国明代の著名な
思想家である
呂新吾(りょしんご)さんの
『呻吟語』(しんぎんご)
という著書の中に
リーダーの
資質としての
重要な性格として
以下のように
述べられています。
皆さんにも
役に立つと思います。
共有してください。

深沈厚重是第一等資質

磊落豪雄是第二等資質

聡明才弁是第三等資質

深沈厚重
(しんちんこうじゅう)
なるは、
是れ第一等の資質なり。

磊落豪雄
(らいらくごうゆう)
なるは、
是れ第二等の資質なり。

聡明才弁
(そうめいさいべん)
なるは、
是れ第三等の資質なり。

深沈厚重
(しんちんこうじゅう)が、
リーダーとして
一番重要な資質とは、
沈思黙考
(ちんしもっこう)
いわゆる、
深く静かに物事を考え、
重厚な性格を
持っていることであり、
私利私欲を抑えた
公平無私な
「人格者」でなければ
ならない。

磊落豪雄
(らいらくごうゆう)が、
二番目に
重要な資質とは
細かいことに拘らず、
物事にもこだわらず、
つまり型にはまらない。
度量が大きい性格を
もっている人物である。

聡明才弁
(そうめいさいべん)が、
三番目の資質
いわゆる、
リーダーとしての
資質としては
一番優先順位が
低いとしている。
頭がきれて、
才能が有り、
弁舌巧みな人物である。
と呂新吾さんは
仰っています。

論語の中の
泰伯第八の205にも
以下のように
述べられています。

子曰、巍巍乎。
舜禹之有天下也。
而不與焉

子日(のたま)わく、
巍巍乎(ぎぎこ)たり。
舜(しゅん)・禹(う)の
天下を有(たも)てるや。
而(しこう)して
与(あずか)らず。

「孔子さまが仰るには、
何と(徳の高く尊い)
立派なことであるか!
舜と禹が、
天下を治めた方法は、
自らが、直接的に
政治に関与せず、
有能な部下を信頼して
任せきった所にある」
とあります。

古代中国では
理想的な君主として
尭(ぎょう)を含め
舜(しゅん)禹(う)を
3人組と称します。
尭から舜へ、
また舜から禹へ、
有徳の人へ帝王から
禅譲で政権が
譲渡されたことから

孔子さまは
上記のことを
述べられたのだと
思います。

その中の
舜と禹の聖王が
天下を
統治されたことは
「巍巍乎たり、
而して与らず」
と述べられているのです。

「巍巍乎たり」が
山の高さの
偉大さのことで、
徳の高く尊い
という意味で、
堂々として
立派なものだと
仰っています。

そして
「而して与らず」
舜と禹は
政治を独占しなかった。
磊落豪雄の臣下や
聡明才弁の臣下に
権限を預ける
器量があった。
いわゆる、
深沈厚重たる
第一等の人物で
あったのです。

特にこの論語の
泰伯編は
泰伯(大伯)という
大変、徳の高い人物の
名前を冠した編です。

有徳のリーダーとは
どういうものかを
孔子さまが
語っておられる編で
ありまして
大変ためになります。

この泰伯さん自身も
下記のように
語られています。
紹介します。

「泰伯は
それ至徳(しとく)と
謂(い)うべきのみ。
三たび天下を以て譲る。
民得て称するなし。」
とあります。

意味としては、
泰伯は徳の極致と
いうべき存在である。
己の天下を譲って、
絶対に
自分が取ろうとは
しなかった。
泰伯の譲り方が
譲ったと
わからないような
ものだったので、
民衆も
称することが
できなかった。

泰伯さんは
自我の一切無い
自分の中にある
良心を開眼した方だと
思います。
泰伯さんのように
特に国を治める
リーダーとしての
立場を持ちながら
自分の美徳を
ひけらかすこともなく
民衆が気がつかぬまま
禅譲する見事な振る舞い。
まさに、
深沈厚重たる
第一等の資質を持った
人物です。

本当に徳の高い人は、
自分のなす
善なる行為を
喧伝する必要を
感じない人物ですので、
有名な人の中には
いないのかも
しれませんね。


こういった
舜や禹、泰伯さんの
ような
深く静かに物事を考え、
重厚な性格を
持っていながら、
私利私欲を抑えた
公平無私な
「人格者」の
リーダーの出現が
地球規模で
待ち望まれているの
ではないでしょうか。

日本においても、
政治や企業における
リーダーの
不祥事が数多く
報道されて
おりますが、

ただ、聡明才弁である
いわゆる、
頭が切れて、
弁が立つ人物が
第一等として

リーダーに
据えているという
勘違いを
しているが故に

起こるべくして
起こっている
出来事なのでは
ないでしょうか?

聡明才弁は
官僚や各部署の
リーダとしては
有能な資質かも
知れませんが、

孔子さまは
論語の季氏第十六で
こう仰っています。
「陪臣(ばいしん)
国命を執(と)れば、
三世(さんせい)にして
失わざること希なり。」

陪臣とは、
官僚のことを指します。
官僚が国の政治を
取り仕切るようになると、
三代続くことは希である。
と述べております。

いわゆる
聡明才弁の資質の
限界を語った
ものと思われます。

そして、
権力を失い
そこで
磊落豪雄が割拠して
国の混乱が生じて
最後には
深沈厚重たる
徳の高い人物が
国を治め、
聡明才弁の人物や
磊落豪雄の人物を
適材適所に配置し
権限を委譲して
任せていく
スタイルこそ
理想的ではないでしょうか?

今日は
呂新吾さんの
『呻吟語』の
リーダーとしての資質を
論語の中の
孔子さまの語られた
お言葉を交えて
みなさんに
共有していただきました。

生かしていただいて
ありがとうございます。

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