私は、
よくいびきを
掻くようです。
若い頃は
お酒もたくさん
飲んでいましたから
相当、大きないびきを
掻いていたと思います。
よく女房に言われました。
「うるさいな!いびきが
すごくて眠れないよ!!」
「そう言われても、
どうしようもない!
自分で分からないんだから!」と
言い返していました。
実は
女房も
いびきを掻くのです。
(私ほどではないでしょうが・・)
でも、私は
特に、
気にはなりませんでした。
又、
6~7年前に女房が
食道がんを宣告されてから、
あちこち痛みがあり
夜、眠れない日が
続いていました。
そんな時は、
女房の身体を
さすってあげます。
そうすると、
たまに聞こえるいびきは
無上の音楽に聞こえました。
私は、
女房のいびきを聞くのが
とてもうれしい
出来事となりました。
それ以来
私たちの間で
いびきに関しての
言い合いは
一度もありません。
私がいびきを
掻かなくなった
訳ではないと思います。
若い頃
よく仲間と
一泊ゴルフ旅行をしました。
そんな時、
大きな部屋で
一緒に寝ることになります。
寝ると共に
いびきの大合唱が
始まります。
「うるさいな!寝れやしない!」と
心で思い
我慢をして、
眠れない夜を過ごします。
明け方になって
やっと熟睡します。
ものの1時間もたたない内に
起床!となります。
眠気で
頭がボ-ッとなりながら、
食欲もなく朝食を取り
プレーをする。
気分は最低!
スコアは目茶目茶!
「あいつのあのいびきのせいだ!」
こんな、経験ありませんか?
日常的によくある
出来事だと思います。
私の場合は
一度だけこの最悪の状態になりました。
「あいつの首を絞めたろか!」と
思いました(笑)。
一度だけと言うのは
どういうことかと言いますと、
この体験をした日の
翌日に
電車に乗っていて
眠気を催し
目的地の3駅を飛ばしても
気づかず爆睡してしまったのです。
その日のその時間は
絶対に外せない
大事な用事がありました。
急いで駅を降り、
その駅からタクシーに乗り
目的地に行き
事なきを得ました。
私は思いました。
大事な用事があり、
頭でそのミーティングの
組み立てをし、
意識全開で
電車に乗りました。
それなのになぜ?
あんなうるさい電車の中で
爆睡したのだろう?
「次は新宿!新宿!
○番線到着!」等々
運転士さんの
スピーカーの大きな声や
着いた時の呼び鈴の音や
出発するときの音や
いろいろな騒音が混じっている中で
「よく寝れたもんだ!
いびきなんか比べ物にならないぞ!」
そう思ったのです。
言われてみれば
よく、電車で
うたた寝をしている人は
結構いるでしょう!
そこで分析を始めました。
よく考えても結論がでません。
「いびきは嫌だから嫌なんだ!」
という思いだけ!
なぜ、そう思ったのでしょう?
「いびきは、うるさい!」
「いびきは、安眠を妨げる!」
「いびきは、良くないもの!」
という、刷り込みが
どこかで起ったのだと思いました。
親からなのか?
兄弟からなのか?
いびきを抑える
器具かなんかの
TVのCMや
マスコミの記事からか?
そう思っているうちに、
「くだらん!いびき位に
影響されるのはやめよう!」
と閃きました。
それ以来、
どんな、
いびきの襲来にあっても
気にならなくなり、
眠れるようになりました。
それはそうです!
人やマスコミに
影響されることで、
自分の考えまでも
決める必要はないのです。
人は習慣的に
人と同じというモノサシで、
自分の基準を
計り続けています。
いびきだけでなく
私たちには、
そういう傾向が
あるのではないでしょうか。
いびきなんか
大した問題ではありません。
よーく、聞いていると
いろいろないびきがあり、
結構、楽しめるものです。
いびきのCDを
出したいぐらいです。
いくら騒音といっても
電車の中や
パチンコ屋さん
ディスコや
カラオケなんかとは
比較になりません。
可愛いものです。
受け入れてしまえば
いいのです。
眠れないよりも
眠れた方がいいですよね!
受け入れたものは、
もはや私たちの外にはなく、
私たちと一体です。
一体となったものから
ストレスを
感じることはありません。
受け入れたものは、
味方になるのです。
私たちと
分離することはありません。
同化した時に
音は私たちの一部となり
心地よい安らかな
眠りに誘うのです。
私たちは
意識をしないまま
受け継いできた
習慣的な考え方を
自分の考え方として
捉えがちです。
自分にストレスを
与える出来事への
対処の仕方に
習慣的な考え方が
働く傾向にあります。
その傾向で考えている
ストレスや
被害や分離感は
その原因となる
出来事を
受け入れたとき
瞬時に同化し
解決していくのです。
宇宙には
良いも
悪いもありません。
宇宙は
ただ在るだけです。
私たちは自由なのです。
それを犯しているのは
私たちの考え方なのです。
私たちの外にあるものは、
私たちに害を
与えることは
絶対にできません。
敵は
自分の内にあるのです。
ありがとうございます。
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