2011年7月4日月曜日

「茅の輪くぐり」

今日は、
7月4日
月日の経つのは
本当に早いものです。

この間、
新年を迎えたと
思ったのに、
あっと!いう間に、
半年が経過して
しまいました。

やはり、
ピーター・ラッセルさんや
テレス・マッケンナーさんが
言うまでもなく
時間の加速化は
実感として
捉えられます。

“「時間」という概念”
(6月20日号ブログ参照)

7月4日といえば
アメリカ合衆国の
独立記念日ですね。
英国から独立したのが
1776年の事ですから。
もう235年も経つのですね。

私は、昨日
近くの氷川神社に
行ってきました。
恒例の1日と
15日に氏神さまに
感謝のご報恩に
立ち寄らせて
いただいています。
ただ、1日と15日が
平日の場合は
日曜日に参ります。


昨日は、
氷川神社では
茅の輪(ちのわ)くぐりという
神事を
行っていました。
(写真参照)
毎年、6月30日に
“大祓い(おおはらい)”
又は“夏越しの祓い
(なごしのはらい)”と呼ばれ、
暑い夏を迎えるにあたり
夏枯れ(気枯れ)を防ぎ、
その年の無病息災を
祈願するため、
「茅で作られた輪」を
くぐるという伝統神事です。

この「茅の輪くぐり」の起源は、
奈良時代初期に編纂された
『備後国風土記』に残されています。
「昔、北の海にいましし武塔(むたふ・ぶとう)の神、南の海の神の女子をよばひに出でまししに、日暮れぬ。その所に蘇民将来二人ありき。兄の蘇民将来は甚貧窮(いとまづ)しく、弟の将来は富饒みて、屋倉一百ありき。ここに、武塔の神、宿処を借りたまふに、惜しみて貸さず、兄の蘇民将来惜し奉りき。すなはち、粟柄をもちて座(みまし)となし、粟飯等をもちて饗(あ)へ奉りき。ここに畢(を)へて出でまる後に、年を経て八柱の子を率て還り来て詔りたまひしく、「我、奉りし報答(むくい)せむ。汝(いまし)が子孫(うみのこ)その家にありや」と問ひ給ひき。蘇民将来答へて申ししく、「己が女子と斯の婦と侍り」と申しき。即ち詔たまひしく、「茅の輪をもちて、腰の上に着けしめよ」とのりたまひき。詔の隨(まにま)に着けしむるに、即夜(そのよ)に蘇民と女子一人を置きて、皆悉にころしほろぼしてき。即ち詔りたまひしく、「吾は速須佐雄(はやすさのを)の神なり。後の世に疾気(えやみ)あらば、汝、蘇民将来の子孫と云ひて、茅の輪を以ちて腰に着けたる人は免れなむ」と詔りたまひき」
(ウィキペディア参照)

『神代の昔、武塔(ぶとう)神(スサノオノミコト)が、南海の方にお出かけしたとき、一夜の宿を蘇民将来(そみんしょうらい)と巨且将来(こたんしょうらい)という兄弟に求められました。弟の巨且将来は裕福であるにもかかわらず、それを拒みましたが、兄は貧しいながらも、粟がらの座を造ったり、粟飯を出すなりして、精一杯のおもてなしをしました。それから年月が経ち、武塔神は再び蘇民将来の家を訪れ、「もし天下に悪疫が流行したら、”ちがや”で輪を作り、これを腰に着けていれば災いを免れるであろう」と教えました。間もなく、天下に悪疫が流行し、人々は次々に病に倒れ、亡くなった人は数知れない程でありましたが、蘇民将来の家のみは何事も無く無事であったといわれています。』

これ以来、
疫病や災難から
免れることができると
言い伝えられ
無病息災を祈る
神事として、
現在も各地で
執り行われています。

始めのうちは
茅の輪も
腰に着ける程度の
小さいものでしたが、
時代を経るにつれて
だんだんと
大きくなり、
今では鳥居などに
取り付けるようなりました。

岩手県南部地方の
あの全裸のポスターで
物議を醸した
有名な「蘇民祭」も
この説話を元にした
お祭りです。

「茅」は
鋭利な葉を持つ
「チガヤ」という植物で、
その鋭利な葉で
身や心についた
汚れを
そぎ落とそうとの
意味合いがあります。


神道では、
人は
本来きれいな心を
持っていると考えます。

生活している間に
知らず知らずに罪を犯し、
穢れに触れて
きれいな心から
遠くなっていくのを

祓いによって
本来の心に
帰ると教えるのです。


紙でできた、
形代〔かたしろ〕で
身をなで、
息を吹きかけるのは
心のけがれを
追い出して
しまうことを意味し
自分のけがれを
人形(ひとがた)に移し、
人形を
わが身の代わりにして
清めてもらうのです。

私は
6月30日から
3日ほど
過ぎていましたので
形代(かたしろ)の
お清めはしないで、

「茅の輪くぐり」だけを
させていただきました。
ただ、くぐるには
決まりがあり、
丁度、
八の字を描くように
回ります。

まず、
輪をくぐって
まず、左回りから、
次に、
右回り→左回りという
順序で、
丁度八の字を
左へ傾けた
無限(∞)のように
回ります。

そして、
初めて
ご神前に進む
ことができるのです。

いつもと違う
雰囲気に
包まれながら
ご神前に進み

今日も
生かされていることに
感謝を申し上げます。

「生かしていただいて
ありがとうございます。」

そう、思わせて頂くと
心がすっきり、
晴れてまいります。

その土地、土地で
私たちを
護ってくださる
神社があります。
こういう神事や
七・五・三や
年の暮れや
年の初めだけではなく

たまには
出かけてみるのも
いいものです。

お願いごとを
するのではなく、
感謝をさせて頂くのです。

皆様にも
是非、お勧めしたい
習慣のひとつです。

2 件のコメント:

  1. 今度、行く時には誘って下さね。本当に、月日が経つのは早いですね。何をやっても裏目にでるのは、感謝が足りないからでしょうね。

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  2. Bear_Runさん
    コメントありがとうございます。

    そんなことはありません。
    今の段階では裏目に見えても、まだプロセスです。
    誠実に努力をしていけば、望む結果も出ると思います。

    神社さんへの感謝行はお近くの氏神さまにお参りしてください。
    でも、そうしたいと考えたことは、『既になれり!』ですね。

    ブログにも書きましたように、神社さんにはお願い事をしに
    いくのではないのです。
    今、生かされていることへの、感謝をしにいくのです。
    私は、そう思っています。
    大変な時にこそ、いま、在る事への感謝をすることです。
    そこに、見返りや期待は一切ありません。
    ただ、ただ、感謝をするのです。
    その観点に立てば、
    今、起こっている現象は、自分にとって越えなければならない必要なこととして受け止めるようになってきます。
    永遠の中での一瞬の現象です。

    是非、乗り切っていただきたいと思います。

    アーカメロディ

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