2011年7月10日日曜日

36年前の“真理ノート”

先日、
書斎を整理していたら
若いときに勉強した
古いノートが
でてきました。

ペラペラとめくりながら
読んでいるうちに
ちょっと、夢中になり
読み耽ってしまいました。

表紙を見ますと
“真理ノート”と書いてあり
その下に
1975年1月~と
ありましたので
36年前のものです。

中味は
どんなかといいますと
谷口雅春先生や
ルドルフ・シュタイナーさん
エマヌエル・スウェーデンボルグさん
ヨハン・ウォルフガング・
フォン・ゲーテさん
ドイツの詩人の
ゲーテさんは
こんな長い名前なんですね、
知らなかった。
当時の私のノートには
そう書いてある。

当時、
好きだった方の本の
抜粋が書かれていました。

内容を見ますと、
こころの内面に
関するところの
抜粋が多いのです。

それには、
私自身が驚きました。
と言いますのは、
当時の
私のこころの状態とか
実際の生活面においては
真逆の感が否めません。

しかし、
その“真理ノート”なる
ものは存在し、
見ていて
少しずつ、
記憶が蘇ってきました。

その当時、
既に家庭を持っており、
子供も2人いました。
生活がかかっていて、
したい仕事というより
お金の稼げる仕事を
重点にしていました。

ただ、ひたすら
その外的な事情に
翻弄されながらも、
流されながら
毎日を送っていました。

その結果、
経済的には恵まれ
物質的には
何の不自由のない
生活をしていました。

しかし、
内面から
突き上げてくる
何者かが?
常に、
こころをよぎったのを
思い出しました。

その中から
今の私が
当時の私が抜粋した中で
特に印象に残った
ゲーテさんの作品を
紹介します。


地上のあらゆる所有の中で、
自分のハートが最も貴重なものである。
(「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」第一巻第十章から)

心をよみがえらす泉は
自分の胸中から湧いてこねば、
心身をよみがえらすことはできない。
(「ファウスト」第一部544ー5行)

内面のものを熱望する者は、
すでに偉大で富んでいる。
(「エピメニデスの目覚め」1814年、から)

有為な人間は、
すぐに外面から内面へ向かって自己を教養する。
(「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」第二巻第三章から)

人間は見ることをやめないためにのみ、
夢みるのだと、私は思う。
いつか内部の光がわれわれの中から輝き出て、
それでもう他の光はいらなくなるようなことがあるかも知れない。
(「親和力」第二部第三章から)

そしていま すぐに内へと向かいゆけ
内にこそきみの中心があるだろう
気高い人の知っている中心が
というのも我が身を律する良心こそ
日々の道徳の紛うかたなき太陽なのだ

さらにまた感覚をこそ信頼したまえ
きみの悟性がどんなときでも目覚めていれば
感覚はきみを欺くことがない
さあ 溌剌としたまなざしでこの世を享受し
恵みゆたかな世界の野辺を 
かろやかに 胸をはって歩みゆけ
(「遺言」1829年神と世界から)


ゲーテさんの作品は
詩でも戯曲でも
人間の内面に
テーマをあてた作品が
ほとんどです。
もう1回、
読み直してみたいと
思います。

今、私が
このブログを書いていて
中心にしたいと
思っているテーマが
36年前に
既にまとめてあり、
今日、
皆様と
共有することができました。

何か、
感慨深いものがあります。

ありがとうございます。

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