2011年6月5日日曜日

「汝の隣人を愛せよ」

イエスさまは
「汝の隣人を愛せよ」
と、おっしゃいました。

創造者であり
第一原因者である
一なる本源に基づいて
私たちは存在しています。


すべての
生きとし生けるものの中に
一なる神が顕現しています。

であるならば、
自分と他人を隔てるものは
何もないことが
わかります。
隣人も私たちも
一体です。
一体である隣人を
愛することは、結局のところ
自分を愛することになります。

すべての人間
ひとりひとりが
この世に
存在している目的は、

その魂と
肉体の目的は、
本源なる神の一つの
愛の
表現媒体として
在るのではないでしょうか。

愛を表現する為に
魂と肉体が
造られたのではないでしょうか。

「汝の隣人を愛せよ」

お父さん。
お母さん。
夫。
妻。
子どもたち。
友人や
地域や社会の方々。
自然や動物たちに。

自分の一生の中で
触れ合うことの出来る
数少ない隣人たちに。

精一杯、
愛と感謝を表現できる
自分で在りたいと思います。

私たちの多くは
私も含めて
戦後に生まれた方が大半です。

戦後、復興するために
私たちの両親や先輩たちは
血の滲むような努力をされ
日本を創る礎になりました。

その後の日本は
昭和30年代以降、
右肩上がりに成長を続けました。
テレビや洗濯機や冷蔵庫などの
家電が普及され、
全家庭が我先に購入しました。

物質主義が極まり
お金が
すべての権力の象徴で、
世界をさえ、
呑み込んでいきました。

行き過ぎで、
バブルは終焉しました。

しかし、その間に
最も大切な
心を喪ってしまいました。

私も、
そのど真ん中にいました。
金のためなら、
手段を選ばない。
極端に言えば、
人間は
お金を稼ぐための対象であり、
いかに欲を煽り、
みせかけの幸せや
楽しみのために
時間を浪費していました。

自己と他者
自分と他のもの
いわゆる、
自分と対象物という
考え方の最たるものです。

その考え方は、

その眼に見えるものだけの
無知なるが故に、
分離感を感じ、
罵り、
けなし、
人を裁き、
不調和の心を
引き起こしてきました。
結局、
満ち足りない念い
不安や
恐怖が巣食っていたのです。

イエスさまは
「真理は汝を自由ならしめん」
とも、説いています。

私たちは
真理を知ることによって
自らを開放して
自由になるのです。

私たち
一人ひとりは

愛と感謝を
表現するために
神性を宿して
人間として存在しています。

これは、真理なのです。

今日一日
どんな小さなことでもいい
愛を
感謝を
表現していきましょう。

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