2011年6月17日金曜日

自殺についての質問

ある知り合いの方から、
こんな質問メールが届きました。
長文ですので、
質問内容の部分に限って、
転載いたします。

Q『自殺について、
自らが設計した設計図を
中途で破棄した場合は、
起こった問題を
クリアしていないので、
来世にまた同じ問題を、
繰り返しやり直すと、
書いていましたが、
普通に死んだ場合でも、
必ずしも
自らの問題集を解いて
帰れると
いうことではないので、
絶望感や不安感を
持ってまま死んだとすると、
やり直さなければ、
ならないのでしょうか?
また、そうだとすると、
自殺しても、
別に変わらないのでは
ないでしょうか?』
という、質問です。
それに対して、
『明日のブログに投稿します。
と返事をしました。』


A:大きな違いがあると思います。
まず、
自殺は
人生設計を
自らの意思で
放棄しました。
別の言い方で
言いますと、
人が
学校をやめるのを
選択したときは
その時、
学ぶことが
できなかったことを、
学び直す
必要があります。

人生における問題集は、
自らの魂にとって
成長のためですから
今までの
輪廻の過程も
関係してきます。

誰だって
そうだと思いますが、
過去の輪廻で
経験して
学びきった問題は、
成長のためには、
磨きにはなりませんよね。
だから、
チャレンジの
し甲斐がありません。

また、
小学生が一気に
高校生の勉強をしても、
難しすぎて、
とても
解くことは
できないでしょう。

私たちひとりひとりが、
少し難しい
ほどほどの問題を
選択します。

その際に、
この世の学校と同様に
進路指導の先生がいて、
環境や性別
両親や家族
肉体的能力
精神的能力
感情的能力
などの要素を
選択するための
相談に乗っています。

綿密に
人生計画が練られ
本人と神との約束が
交わされます。

そして、
この世に
創造主の
表現者として
降りてきます。

自殺は、
神並びに、
神の代理人である
指導者の先生も、
また、
何回も
要素を変えながら
共に進化を
し続けている
他の魂の兄弟たちとの
約束を
破ることになります。

さらに、
今回の生において
関係性を
持っている人たちに
対しての設計図も
微妙に
変更を
余儀なくされてきます。

自殺した方との問題性は
変わらざるを
得なくなります。

勿論、
自殺した方は
この世での
絶望感や
残した家族や
周囲の方たちへの
罪悪感、
今後、
どうしていくのかという
不安感
心配感を強く持って、
逝くことになります。

あの世に帰って、
暫くすると、
すべての真実を
思い出します。

魂としての自分は、
肉体がない分、
精妙ですから
自責の念も
何倍も何十倍にも
なってしまいます。

よく、
天国と地獄といいますが、
あの世に、
天国と地獄が
あるのではありません。
創造主である神は、
罰することはありません。
神は
無限であり
普遍の本源です。
永遠の愛しか与えません。

自らの魂が
苛むのです。
自らの魂が
暗闇を
創っていきます。

そういった魂たちが
ひとつの層を
創っている領域を
地獄と
言っているに
過ぎません。

しかし、
それも
永遠性の
観点からは
制限はありません。

自らの、
クリア
できなかった点を
チェックし
自らの
傾向性の
問題点を知り
多くの価値ある
学びをし、
「今度は、
失敗しないぞ!」
と、決意し
次の機会を
待っています。

人生の
設計図に沿って
問題集に
挑戦し
生を
全うすることは
真理を知り
神の
表現者としての
自覚を得るための
完璧な計画に
参加し続けた
ということです。

魂の成長のためには
とても、
大きく飛躍する
機会を得ているのです。
わざわざ、
肉体という
付加を与えて
鍛えている
磨いているのです。

乗り切れない計画を
立ててきたわけでは
ありません。
絶対に
クリア
することができます。
いつでも
神が潜在する部屋を
ノックして
話しかけてください。
あなたの内に在る
神が微笑みながら
やさしく
応えてくださるでしょう。
あなたの潜在意識が
息を吹き返す時です。

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