2011年6月20日月曜日

「時間」という概念

皆さんは、
最近、
時間が速く過ぎていく
感じを受けたことが
ありませんか?

時間の加速は
事実起こっているのです。

十数年前
ピーター・ラッセルさんの
「ホワイトホール・イン・タイム」
という、本を読みました。
この本は、
ラッセルさんの
個人的な体験を
織り交ぜながら、
哲学や宗教
心理学や物理学、生物学の
豊富な知識で
進化の意味と
人間の未来について
現代科学の世界観に基づいて
書いています。
おなじみの
山川鉱矢さん、
亜希子さんご夫婦の翻訳で、
400ページ近い本ですが
読みやすく、
一気に
読ましていただいた本です。

少し、引用します。
一章の1に
“生活の加速化現象”という
項目があります。
『すでに、ほとんどの人が気がついているとおもいますが、
物事の変化の仕方はほとんど速度を増しています。
以前は何世紀もかけて、やっと世界中に伝えられた新技術が、
今では数年の内に世界全体に行きわたります。
昔だったら何十年もかかった複雑な計算も、今では二、三分
でできてしまいます。
昔は何ヶ月もかかった通信が、今ではほんの数秒という速さ
で可能となりました、あらゆる分野で、進歩のプロセスは、
どんどん速くなってきています。
その結果、私たちの大多数は、あわただしい生活を送り、中
にはまるで駆り立てられているような人生を送っている人々
もいます。吸収しなければならない情報の量も、学ばなけれ
ばならない技術の量も、やらなくてはならない仕事の量も、
どんどん増えています。
そのくせ、これらすべてを行うための時間は、ますます少な
くなっています。(中略)
そして、周囲の変化が速まってゆくに従って、私たちは将来
に対する楽観的な見方を変えざるを得なくなってきています。
今では、一年先のことはおろか、六ヶ月先のことでさえ、確
信を持って予測することはできません。(後略)』
一章の7
“今日―明日への跳躍台”
『これらのすべては進化という観点からすると、実質的には
一瞬のうちに起こりました。私たちは何十億年という時間の
単位から、ほんの十数年という単位にまで、どんどん間隔の
狭まりつつある、らせん状の発展の産物なのです。』

つまり、
ラッセルさんの言うことは、
時計を見れば、
1日は24時間です。
しかし、
同じ時間に起こる現象が、
加速度的に
増えているということは、
実際の時間は
スピードアップ
されているということです。

実際に、
計算してみると
今は1日が
16時間程なんだそうです。
時間は、
早くなっていたのです。

そして、
もう一人
「時間」について
タイムウエーブ・ゼロ理論
という理論を提唱した
テレス・マッケンナさんも
同様なことを
言っています。

簡便に言いますと、
『時間は
どんどん加速していて、
渦巻き状に
フラクタル構造を作っている。
さらに、
相似のパターンが
いくつも集まってきて、
時間の渦ができていて、
加速が渦巻きの中心に達し、
時間がゼロになる』
という、理論です。

丁度、
お風呂の栓を抜くとき
水が
ゆっくりと、らせん状に
排水口の方に
流れていきます。
排水口に
近づくにつれて
水が
らせん状に流れる
スピードが速まり
渦巻きは排水口の
中心に達し
水は無くなり
ゼロになります。
こんな、感じですね。

マッケンナさんは
さらに、
加速が渦巻きの中心に達し、
時間がゼロになる日を
計算して特定しました。
その日は、
2012年12月22日と
言いました。

マヤ文明や
古代文明の預言書
などと重なり
いろいろな議論を
呼んでいますが、
特に、
マヤ文明において
使われていた暦の1つ
長期暦が、
2012年12月21日から
12月23日頃に
終わっていることから、
注目されました。

二人の理論は
大変興味深いもので、
2012年12月22日前後に
何が起きるのか?
大変、楽しみにしています。

本質の世界
無限の世界
永遠性の観点からの
時間という概念は、
どうでしょうか。

こちらの世界の
直線的な時間感覚では
ありません、

ただ、
存り続ける
ということになります、
それは、
あらゆる万物の存在と
ひとつになる感覚です。

時間とは、
肉体という
物質的な次元でのみ
必要な構成要素として

私たちの進化のために、
学びのために

教育的な要素として、
存在しています。

それは、
物質的波動の中で、

敢えて、
二元的な
体験をするためには
時間は必要になります。

その中で、
美しいものと
醜いものや
慈愛と
憎しみや
光や
闇を経験し

美しいものや
慈しみや愛や光に
フォーカスし、
際立たせる
プロセスを踏みます。

それは、
進化のプロセスです。

そして、
今、この瞬間に
自らが
はるかに美しく
はるかに光り輝く
はるかに智慧ある
存在へとなっていくのです。

私たちが
物質的な肉体を
解き放ち
美しく
光り輝く
智慧者として
存在するならば、
もはや時間は
必要ではありません。

この世界に居ながら
ただ、
在り続けるという
永遠の至福の中に
満たされていくことでしょう。

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